注意書き。

・DOTM後和解IF
・サムがNESTのメッセンジャーとして働いている
・司令官が病んでいる

 

***

 

 

 オプティマスは意気消沈したようにつぶやいた。こんなに大きな手であっても、守れるものはあまりに限られすぎている。言って俯くオプティマスに、サムは優しく声をかけた。それでも、君は大きく強いから、たくさんの人の心を守ってくれたよ。ありがとう、君のおかげで、ぼくは今生きている。また、生き続けることが出来る。
 そんなサムに、オプティマスは静かに救われていた。

 ディセプティコンの講和協定をすんなりと受け入れることが出来たのは、ひとえにサムのおかげであるとオプティマスは考える。彼が、自分がいてくれたおかげで助かったと言ってくれたから、町や、人間や、大切な仲間を破壊したことを深く恨むことなく受け入れられた。それでも完全に許すかと問われれば、まだまだ禍根は残ると言える。それでも。それでも、新しい未来への第一歩を歩みだせたことに間違いはない。

 被害が甚大なのはディセプティコンもオートボットもお互い様であり、人間たちも同様に、完全な回復まではおそらく何年もかかるだろうと言われていた。それでも人間は数が多いし、強いから、辛い現実を受け止めて、前へ進む勇気をもって未来へと向かう。人間にとっては途方に暮れるほどの時間がかかるかもしれない。けれどそれはオプティマスたちにとってはあまりに一瞬のことだった。

 オートボットが在中するのはNEST基地。ディセプティコンは、壊された者はNEST基地に厳重に保管され、生き残った者は旧セクターセブンのあったフーバーダムへと送られた。とはいえそれも、サイバトロン星復興のため、かれらのの星に移動するまでの一時期だけだ。地球に残る残党を狩るため、オプティマスを含む数名のオートボットはここへ残るが、メガトロン率いるディセプティコン軍は早々にサイバトロンへ戻る算段だった。

 サムは最近仕事を辞めた。というよりは、NESTへと引き抜かれた。軍人ではないひ弱な青年は、しかしトランスフォーマー達にとっては重要な人物である。もう二度とあんなことが起きないように、目に見える所に置いておきたいとオプティマスが言うと、レノックスは笑ってしょうがないな、と言った。レノックスも、オプティマスも、軍人でないただの青年が、その実軍人よりもはるかに強い心を持っていることを知っている。文句は言われるだろうが、まあひと月もすればなくなるだろうと楽観的にレノックスは言った。

 サムはNESTのメッセンジャーとして働いている。紙の連絡を必要としないはずのオートボット達へ、時々手紙を渡すよう頼まれるのは何なのだろうと彼は考える。まあでも、大好きな友人に会えるからいいかと納得させる。それがその友人からの要請であるとは、つゆ知らず。

 サムがオプティマスのいる巨大な倉庫へ入ると、オプティマスは誰かと通信しているようであった。彼の目線の高さに作られた足場に上って、サムがやあ、と手を上げると、通信していたモニターからは低く、恐ろしい声がした。

『なんだ、小僧か』
「うわ、メガトロンと話してたのきみ。僕は邪魔かな、どっか行ってる?」
「その必要はない、サム。どんな時でも君が最優先だ」
『おいプライム貴様』
「なんだメガトロン。文句はあるか、ないよな」
『……小僧、気をつけろよ。これは俺より厄介な相手だぞ』

 にやり。揶揄するように嗤うメガトロンに、サムはオプティマスに見えないように舌を出した。あっかんべー。サムはメガトロンをかつては恐怖の対象として見ていたが、今となってはただ気の合わない相手、それだけだ。
 面喰ったように動きを止めたメガトロンは、そのあとすぐに高笑いをして、通信を切った。フーバーダムは居心地が悪いからどうにかしろ、との連絡のはずだったが、要件の半分も伝えられなかったな、とメガトロンは思った。だが、サムが来てしまってはもうあの司令官は役に立たない。まさに、メタルの屑だ。かつて森林にて自分が言われた台詞を、メガトロンはスパークの中でこっそり思い返した。
 
 通信が切れたことを確認すると、オプティマスはサムに向き合う。サムは手紙を手渡しながら、久しぶり、と笑いかけた。

「よく来た、サム」
「うん、元気だった?本当に通信の邪魔してよかったの?」
「全く構わない。というか、むしろありがたい」
「なんで。またメガトロンが無茶言ったとか?」
「そうではない。が、距離感に悩む。そうだな……長年連絡のとっていなかった友人と久しぶりに再会したような感覚といえばわかるだろうか」
「ああーなるほど。君たちにも気まずいって感情はあるわけだ」
「気まずい」

 なるほど気まずい。それはあるかもしれない、とオプティマスは思った。

 ずっと敵対していたのだ。ずっとずっと、サムが生まれるより遥か昔から彼とは敵同士で、いがみ合っていた。それが、急に手のひらを返したように講和を申し出られて、それを受け入れてしまって。オプティマスは困惑していた。停滞していた関係が、急に勢いよく進むものだから困惑するのも無理はない。何かあるのではと不安になる。何もない日々は、逆に厄介だった。

「でも、あんなにスーパーアクションで喧嘩してた君たちが今更気まずい、っていうのもちょっと笑えるね」
「笑える?何故」
「完全無欠だと思ってたオプティマスにも、弱点があるってことが分かったからさ」

 意外性とでもいうのかな。とりあえず、ちょびっとだけ面白い。けらけら笑うと、オプティマスは僅かに首を傾げたが、すぐにそうか、と頷いた。
 本人からしたら至極真面目に気まずいのであるが、サムが笑うのであればそれでもいいか、と思う。だがしかし、と一点だけオプティマスは訂正を願い出た。

「私が完全無欠であるというのは全くの誤情報だ」
「えー。それこそ大嘘だよ。君は僕から見たら完璧だ」
「……サムの中で私はどんな存在なんだ」
「きみ?きみはねえ、そうだな。ぼくのスーパーヒーロー、かな!」

 屈託のない笑顔で、それが全く曇りのない真実だと言わんばかりにサムは笑う。そんな笑顔にオプティマスは救われ、同時にひどく、スパークの詰まる思いがした。そんなことはない、と叫びそうになって、ぐっとこらえる。
 そんなことはない。そんなことは、ありえない。ヒーローなんて。

「ヒーローなんていない」
「……オプティマス?」
「私がこの手で殺したディセプティコンの数を知ってるか、サム」

 く、とサムの眉が下がった。オプティマスはそれを知識として知っている。トランスフォーマーにもフェイスパーツというものがあって、自分の感情によってわずかに動くことがあるが、人間ほど豊かには表せない。それに人間は、時に表情と全く別の感情を持つこともある。だが、オプティマスの知識の中にある、サムの今の表情に合致する感情は――悲しい。
 悲しい。なぜ悲しいのだろう。オプティマスは考える。今の私の言葉はサムを悲しませる結果になった。うかつだったか、と思う。悲しませたいわけではなかった。ただ、自分がヒーローなどという、高尚で、非現実的な存在でないと言いたかっただけだ。
 悔しげに唇をかんだサムは、それでも、とオプティマスに詰め寄る。それでも、あの時。

「オプティマスが僕たちの前に現れた時の、僕の感情は嘘ではないし、君たちを見捨てた僕らを救ってくれたのは君だ」

 それをヒーローとぼくらは呼ぶのだ。
 敵だから殺していいとか、そんなことをいったら世界中が犯罪者であふれてしまう。自分に危険が迫っていたら殺していいかというと、やはり何かが違うだろう。こういう場合はだから、誰が正しいなんて一生議論したって決められない。要は好きになった方が、正義なのだ。サムは幸い身内びいきだった。だから、バンブルビーも、バンブルビーの上司であるオプティマスも、好きだから、彼らが守ってくれれば嬉しいし、彼らが生きていれば嬉しい。

 どんなにひどいことがあっても、忘れられるのが人間だ。どんなに嬉しいことや、楽しいことがあっても。長い年月はかかるだろうが、いずれ人は忘れるだろう。だから、今だけ。

「今だけきみをヒーローだと思うやつがいても、いいだろう?」

 少しだけにじませた涙をぬぐいながら、サムは無理やり笑う。自分はヒーローなどではないというオプティマスが、なんだか無性に寂しかった。自分の中の偉大なるヒーローが否定された気さえした。
 そんな彼の気持ちも、分からないでもない。それでもやはりサムにとってはオプティマスは永遠のヒーローだ。

「……サム、泣かないでくれ」
「泣いてないよ。大丈夫」
「ヒーローだといっても、私は君の涙をとめることも出来ない」
「……っ、ぐ、は」

 とんだ殺し文句だ、とサムは涙をにじませながら、今度はふるえる腹筋と戦っていた。吹き出すのは簡単だが、今吹き出したら止まらない自信がある。絶対、笑い転げる。前に一度、同じようにオプティマスのギャグ(彼にとっては大真面目)をの急襲を食らって笑い転げ、この足場から落ちかけたことがあるのだ。あれは勘弁したい。おしっこちびるとこだったし。
 オプティマスは真面目だ。いつだって真面目だ。だから、自分はヒーローなどではないといったのもきっと本心であろうと思う。

「いいんだよオプティマス。僕にとって君はヒーローなんだから。君がどう思ってもね」
「……だがサム」
「だがも何もないの。そろそろ僕行くよ、こんなに長居する予定じゃなかったんだけどな」

 じゃあね、と足場を降りようとすると、オプティマスがすっと手を出してきた。なるほど、これに乗れと。自分で動くエレベーターだ、と思いながら、柵を越えて彼の手のひらに乗る。
 そのまま下ろしてくれるのかと思ったら、オプティマスはそのままサムを自分の顔の方に近づけた。ぐらぐらと不安定な足場が恐ろしく、サムはその場に座り込む。固い、金属の感触。触れるとほんのり冷たい。夏場は彼の傍が気持ちよさそうだ、と考えたところで、オプティマスの目とあった。

「どうしたの、オプティマス」
「……私は、どんな災厄からも君を守りたいと思う」
「はあ、そりゃどうも」

 まるでプロポーズだな、こりゃ。思いながらも、続きを促す。

「君を失うことが耐えられない」
「僕もさ」
「この手で守れないならば、……いっそのこと」

 オプティマスは開いていた手のひらを、サムを包み込むようにく、と握った。全身を包まれる初めての感覚にサムがあわてていると、オプティマスは少しだけ手のひらの締め付けをきつめた。サムが不安で目を見開く。オプティマス?怯えた様子のサムを見て、オプティマスはハッと気付いてすぐに緩めた。すまない。謝る低い声は、ほんの少しだけ焦っているようにも聞こえた。

「すまない、サム。大丈夫か」
「大丈夫、だけど。君こそ大丈夫?ラチェットを呼ぼうか?」
「いや、心配には及ばない」

 いつものことだ、という言葉をオプティマスは飲み込んだ。そう、いつものこと。衝動的に、サムを――この手で殺める想像をするのは。
 サムが死ぬのが耐えられない。この手で守れないならば、いっそのこと自らの手で。そうして私の見ている中で、そっと息を引き取ってほしい。オプティマスは常々、そんなことを考える。

 これでも。オプティマスは思考する。これでも君は、私をヒーローだというだろうか。

「オプティマス、そろそろ下ろしてくれる?」
「……ああ」

 惜しい、と思いつつ、下ろさないわけにはいかないので、手を下に向ける。サムが自然に息絶えるまで、この衝動を耐えられるだろうか。
 オートボットの司令官は、小さな彼に気付かれないように排気した。

 

 

 


2013/4/16にpixivにアップしていたものを再掲.

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