初めて敵を殺した時のことを覚えているかい。オプティマスがそう尋ねると、ラチェットは眉を吊り上げて問い返した。なんだ、急に。
「いや、ただふと思っただけだよ。どうだろう」
「覚えているが、それがどうした?」
「君は、そのとき何を思った?」
「何って……何も。悪いがね、君のように、申し訳ないな、とか可哀そうだな、なんて気持ちは一切なかったよ」
「そう、か」
ラチェットは、自分が初めて敵に手をかけた時のことを思い返す。確かディセプティコンの斥候兵であった。小柄ではあったがすばしこく、しかし頭は弱かったようで、馬鹿みたいにまっすぐに突き進んできた。それゆえラチェットは、ただブレードを前に突き出すだけでよかった。彼はラチェットのブレードに一直線に進んできて、壊れた。
ラチェットの中に、今まで倒してきた者の映像が流れ出す。敵は敵、と完全に一線を引いていた彼だからこそ、その映像に心を痛めないで済んでいた。そんな敵のことよりも、むしろ医者として自分が直せなかった者たちの無念な瞳の方がブレインに焼き付いて離れない。ラチェットは優しいからこそ、敵を殺すことよりも、味方が傷つくことの方が許せなかった。
「なぜ急にそんなことを?」
「別に、ただの気まぐれだよ」
「敵を殺すのが怖いのか、オプティマス」
「……こういうのは、怖い、怖くないという問題ではないだろう」
「君は優しすぎるから、敵を殺すのにも一瞬の迷いが生じる。だからいつも、君は誰よりも強いくせに、誰よりも大けがを負って私の元へと運ばれる」
そうだろう。オプティマスの怪我を丹念に一つ一つ確認し、リペアを施しながらラチェットは言う。今日も今日とてひどい怪我だ。それでも死なない彼は強いし、必ず勝つ彼はすごい。けれど、勝てばいいという問題でもない。
偉大な彼のただ一つの難点は、彼が未だに迷っているという点にある。敵を殺す一瞬、わずかに隙が出来ることをラチェットは共に戦ったことがあるゆえに知っている。その隙を突かれて傷ついて、しかしその敵を倒すことさえオプティマスはためらうのだ。
「君が傷つけばそれだけ兵士の士気も下がるとは考えないのか」
「その分を私が補えば、」
「補わなくて済むのならば、それだけ戦禍を免れることになるのに気付かないほど馬鹿じゃないよな?」
ぐ、とオプティマスはつまった。今日という今日は、言いたいこと全てを言ってやらないと気が済まない、と思ったラチェットは、更に続ける。その間もリペアの腕は止まらないのだから、やはり彼は優秀な医者だ、とオプティマスは怒られながら思っていた。
「君がそうやってディセプティコンに慈悲をかければかけるほど、味方は戸惑うものだ。本当の敵はどっちかと錯覚する。あれは本当に倒すべき敵かと当惑する。君は誰の味方だ?オートボットの司令官だろう?」
「そ、うだな……その通りだ」
「司令官はすべての頂点にいて、オートボット全体を仕切る者という意味だ。君がブレてちゃ、オートボットは崩れるぞ」
「……肝に銘じる」
「君の肝は今リペア中だがね」
大きく抉られた腹へたわむれに触れると、びくりとオプティマスが震えた。当たり前だ、とラチェットは思う。あまりにも深く、大きな怪我だ。止血は済んだものの、流れ出たエネルゴンの量は多い。これだけエネルゴンを失って、意識を保っていられるオプティマスが少しおかしいのだ。相当無理をしているに違いない。本心をいえば、一刻も早くスリープモードへ移行させてやりたいのだが、今言わないといつまでも言えないと思ったのだ。
「いや、ラチェットは……すごいな」
「医者は総じてすごいものだよ、オプティマス」
「医学という点においても確かに優れてはいるが、そうじゃない。尊敬すべきは君のスパークだ」
は?とリペアをしている腕を思わずとめてラチェットはオプティマスを見上げた。オプティマスは穏やかに笑う。こんなにも体中ぼろぼろにしていて、痛くないわけがないのに、彼はそれでも笑うのだ。そんなところに、彼の指導者としての資格を認めざるを得ない。
「ラチェットは決してブレない。本当は、私などではなく君がリーダーになるべきだ」
「よしてくれ。柄じゃないよ」
「私は、弱いな、ラチェット」
わかっていたのか、と皮肉を言おうとしてラチェットはとどまった。オプティマスの顔に陰りが見えたからだ。
オプティマスも悩んでいることを、ラチェットは知っていた。敵とはいえど、メガトロンはかつての友人である。しかもオプティマスがメガトロンを裏切った。心から恨むことが出来ないのも無理ではない。無理はないけれど。
それでも。ラチェットは思う。何人もの味方や、罪のない者が殺されて、それでも恨めないというのは少し異常だ。オプティマスは、異常なほど優しすぎる。
彼は慈愛に満ちていた。生きとし生けるもの全てに平等に愛を注いだ。オプティマスは誰かを恨んだり憎んだり、あるいは強く批判することをよしとしなかった。オプティマスは、常に穏やかな風のようで、感情を強く表すことは決してない。いっそすがすがしいほど、善悪という概念が彼にはない。
それはこの戦いにおいては何の役にも立たないことは、オプティマスが一番よく理解しているだろう。
「恨め、とは言わない。だが迷うな、オプティマス」
「……分かっている」
「次に迷ったゆえに大けがして帰ってきたら、当分直さないで放置するからな!」
「そ、それは、……大変だ」
難しい顔をして押し黙るオプティマスに、ラチェットは思わず顔をそむけて小さく噴出した。冗談だ。いうと、オプティマスはなんだ、と笑う。からかったのか。
半分は冗談であったが、半分は本気であった。今のまま前線に出続けていたら、いずれ壊れることは目に見えていたからだ。体が、ではない。スパークが。
「君はオートボットの要なんだから。頑張ってくれよ」
「肝に銘じよう」
「だからお前の肝はリペア中だって」
「そうだった。では、」
オプティマスはラチェットの手をとった。そうしてそれを額につけて、祈るようなしぐさをする。
「オールスパークに。君たちの希望になれるように」
***
――ふと考えることがある。
オプティマスがぽつりとつぶやく。ラチェットはあわただしく腕を動かし、そんな彼の言葉など耳に入らない。オプティマスは静かに語る。この世に希望なんてないんじゃないか、って。
ラチェットは叫ぶ。死ぬなオプティマス、生きろ、生き続けろ、と。その場にいる医者はラチェットだけで、しかも敵陣はすぐ傍にある。ちょうど身を隠せる岩陰に二人で逃げ込んだはいいが、オプティマスはもはや意識も絶え絶えであった。
味方の裏切りを受けた。ラチェットがあと一瞬気付くのが遅れていたら、オプティマスの命はなかったことだろう。そんなことを思い、ラチェットはぞっとする。震える手を叱咤して、オプティマスのリペアに集中する。ああ、けれど――機材がない!リペアツールは逃げている最中にほとんど落としてしまった。手元にあるものだけで彼を救えるかどうかは、ラチェットの腕にかかっていた。
「希望はあるか、ラチェット」
「ある、あるに決まっているだろうオプティマス!馬鹿なことをいうな!」
オプティマスは小さく笑う。本当だろうか。つぶやきはラチェットの耳に届きいれられたが、それに反応することは出来なかった。
どくどくと流れ出るエネルゴンが恐ろしくてたまらない。しっかりしろ、と自分を奮い立たせる。しっかりしろ、自分が直さなくて、誰が直すのだ。
「オプティマス、君が死ぬのだけは絶対にいけない。君は希望だ、我々の、希望なんだよ!」
「ラチェット」
「君が死んだら、我々はどうすればいい!先に立つ指針を失えば、あとは崩壊していくだけだ!」
「ラチェット、」
「生きろ、オプティマス!」
オプティマスは、穏やかに笑う。ラチェットはそれを見て、ほんの少しだけ安堵した。しかし、つむがれた次の句は、ラチェットを凍りつかせることになる。
「だったらなぜ、彼は私を裏切ったのだろう」
なぜ、なぜ。口の中でつぶやくようにオプティマスは何度も言う。なぜ彼は、私が、やはり私が、希望なんかじゃなかったから。
「私がもっとしっかりしていれば、彼は離反を考えなかっただろうか。それともメガトロンにそそのかされたのだろうか、」
「オプティマス、もういい、話さなくていいんだ!」
「私が彼にしてやれることはなかっただろうか。せめて死ぬ前に、何か言い分を聞いていれば」
「オプティマス!やめてくれ!」
「彼の最期を、同胞たちにどう伝えよう」
オプティマスを裏切ったかの同朋は、げらげら笑いながらオプティマスを撃ち、そうしてラチェットに貫かれた。ぎりぎり外れたとはいえ大きなダメージを負ったオプティマスは、しばしの間愕然としていた。今起こったことがまるで信じられないという風に目を見開いていた。彼にとっては、自分が撃たれた痛みよりも、裏切られたことの方が彼にとってはよほど衝撃的で、痛かったのだ。
興奮しているせいだろうか、エネルゴンがどぷりと勢いよくあふれ出る。ラチェットは血の気が引く思いであった。これ以上彼を混乱させてはいけない。いくら見てくれが直ったとはいっても、スパークが壊れてしまっては意味がないのだ。
「オプティマス、あいつは心が弱かっただけだ。君が心を砕く必要はない!」
「……なあラチェット、君は私を、希望だというが、……私の、希望は」
「オプティマス、……?おい、しっかりしろ!」
どこにあるのだろう。オプティマスは消えかけた視界の中でぼんやり思う。オートボットのリーダーとしてやれることは全てやってきたつもりだった。けれど、今回の謀反によって、それが間違いであったと認識させられた。今までの努力は、全て無に帰したのだ。
希望はあるだろうか、皆は私を希望だというが、だとしたら私の希望はどこに消えてしまったのだろう。
昔は確かにあったのだ。思い返すオプティマスに、ラチェットの声は届かない。
「オプティマス、……死なないでくれ」
ラチェットは自分の命と引き換えにしてもいいくらい、オプティマスを大事に思っていた。もちろん、オートボットの司令官である彼はラチェットの命よりも重いと思う。けれどラチェットのスパークにくすぶる想いは、それだけではない。
「君は、……希望だ。どんな絶望の淵に立たされようと、私は君のためなら頑張れる」
私は君が、好きなんだ。
その声は一番伝えたい人には届かない。怪我のために、一時的にオプティマスの聴覚機能が壊れたらしい。伝えたい言葉があるのに、伝えられないことがひどくもどかしい。
ラチェットは唇をかみしめると、すぐにリペアに取り掛かる。今はただ、オプティマスの生命力だけが頼みの綱であった。
***
朦朧とする意識の中で、オプティマスはラチェットに初めて会った時のことを思い出す。いつだったか、とブレインの中のメモリーを巡っていると、たどりつく。とあるなんでもない日。いい加減にしろ、と仲間たちからどやされて、オプティマスは渋々とある部屋に向かっていた。
ある場所とは、リペアルーム。傷ついたオートボットたちを直す場所。オプティマスはずっとそこに行くのを拒んでいた。特に大きな理由があるわけではなかったが、自分が行くより、もっと傷ついた者がいるならばそちらを優先させてやりたかった。オプティマスは、自分がちょっとやそっとじゃ壊れないことを知っていたし、他のオートボットたちがなぜか自分よりも脆弱で、あっけなく死んでしまうことを知っていた。
オプティマスは、仲間が死ぬのが何より怖かった。自分が殺すのだ、と彼は深く思っていた。
行けと命令したのは私だ、ゆえに私が、彼らに死ねと命令したのだ。
そう嘆く彼に、同胞の、しかし彼よりも歳が上なオートボットはそっと彼の肩を抱いて、こういった。いい医者がいる。きっと君のためになる。
――きみが、ラチェット?
呼ばれた医者は振り向いた。そうだけど。そういってオプティマスを一瞥した後、患者なら、そこに寝てくれ、とただ一言言って、再び後ろを向いてしまった。想像していたよりもずっとぶっきらぼうな態度に、オプティマスは目を見開いた。そうして、黙って言われるがままにリペア台へと横たわる。
しばらく資料をいじっていたラチェットであったが、それが終わるとくるりとオプティマスの方を向く。随分怪我をしているな、とつぶやくラチェットの声に、抑揚というものはなかった。
「で、どこをやられたんだ?」
「ええと、腹と胸とー……あとは、腕だな」
「なんだ、怪我が多いな。もしかして新人か?」
「いや、その、……」
もごもごと言いよどむオプティマスのことなど気にもせず、ラチェットはオプティマスの身体を念入りに検査していく。すると、彼の身体にある傷は、ついさきほどついたような新しいものから、何日も放っておいたような古いものまであることに気が付く。眉パーツをしかめ、これはどういうことだ、とラチェットはオプティマスに詰め寄る。
「さ、最近ちょっと立て込んでいて、……リペアに来るのを後回しにしていたら、機体の調子が悪くなってしまったんだ」
「まあそうだろうな。この馬鹿!」
「あいたぁ!」
がつん、とラチェットがオプティマスの頭を思い切りたたく金属音が、リペアルームに響いた。同じ部屋で違う検査を受けているオートボットがぎょっとした表情を浮かべてラチェットを見たが、ラチェットはそんなことなど一切気にならなかった。それよりも。
「君は馬鹿だろうああそうに違いない。こんなになるまで放っておいて、傷口からウイルスでも入り込んだらどうするつもりだ!」
「反省している……すまない」
「見たところ君はまだ若い兵士だろう、自分の身体を粗末にするな」
「……うん」
諭すように叱るラチェットに、オプティマスは穏やかな気持ちになるのを感じていた。それは、戦争が始まってから初めて感じたものであった。
疲弊していたのだと思う。からだももちろん、心さえ。もともと心優しいオプティマスにとって、敵とはいえ命を奪う行為はひどく陰鬱とした気分にさせるものであった。誰かを殺すのがいやでいやでたまらないのに、まわりはそれを強いてくる。そうして自分も、自分自身も、敵を倒せと自分を責める。
同じ種族、ただ志を違えただけの同胞を殺していく、作業。それが作業にならないように、オプティマスはいちいち敵を殺すことにスパークを痛めた。仲間が殺された時は、それ以上にスパークを砕いた。そんな行為の繰り返しに、徐々に、彼のスパークは疲弊していった。
久しぶりに、きちんと真っ当から叱られた。自分を怒る者などもはやこのラチェット以外にはいないだろうと思う。誰もが彼を神聖視した。その上で彼に指示を仰いだ。それがオプティマスにとっては、多大な苦痛であったのだ。
嬉しい、と思う。自分をここへくることをすすめた仲間のオートボットを思い出す。彼には感謝の意しか示せないだろう。ラチェットは気持ちのいいオートボットだった。
「何を笑っているんだ……ああ、そういえば名前はなんて言うんだ?」
「私は、……オプティマスという」
「……冗談はよしてくれ」
「冗談じゃないよ、ラチェット。私はオプティマス・プライム。オートボットの司令官を務めている」
「君のようなやつが司令官?何かの間違いだろう?」
顔をしかめてこちらを見るラチェットに、オプティマスは思わず笑った。ここまで変な顔をされるのは初めてだ、と彼は言う。ラチェットは変わらずいぶかしげな表情を浮かべていたが、まあいいと言ってすぐにリペアに取り掛かる。早く済ませないと取り返しのつかないことになりかねないからだ。
リペアが始まるとオプティマスもラチェットもお互い黙った。深い傷も浅い傷もいっしょくたに受け入れているオプティマスの機体は、一見無事そうに見えてその実壊れかけていた。調子が悪いといっていたのも頷ける。むしろ、どうしてここまで壊れているのにリペアに来なかったのか、それだけが疑問であった。
「一つ聞きたいがね、司令官殿。なぜリペアに来なかった」
「……、その、」
「くだらない理由だからって怒りはしないさ。呆れはするだろうがね」
それを聞いたオプティマスは苦笑を漏らした。どうせ呆れたあとにはしこたま叱られるに違いない。そうしてそれを、嫌だと思わない自分がいることに、オプティマスは気付く。
今まで誰にも吐露したことのない気持ちを、吐き出すように、彼は一度排気した。
「――ほんの、償いだったんだ」
「は?」
「死んでいった者達のために、私ができることをと思って」
「……なんだそれは」
「実は私もよく分からないんだ。ただ、痛みを、……分かち合えたらいいと思って」
「……君の思考はよく分からない。が、言いたいことは分かった。君はやはりばかだな」
「言われると思った」
笑うオプティマスにラチェットは深く排気する。
目の前で死んでいった仲間や敵は、必ず同じことを口にする。――痛い、と。痛い、死にたくないと言いながら光を失う彼らを見て、どうか、とオプティマスは祈った。彼らの痛みを、共有することが出来るならば。私はどうなっても構わない、から。
「痛みを知らずに死んでほしいと思ったんだ……今更ながら、馬鹿な考えだ。私が痛いからといって、彼らの痛みが無くなるわけではないのに」
「そうだな。それは幼生でも知ってることだ」
「だけど、不思議と楽だったよ。痛みに耐えている間は、彼らに報えている気がして」
「あのなあ、オプティマス」
リペアツールをいったん傍に置き、ラチェットはオプティマスの瞳をしっかりと見つめた。オプティマスも見つめ返す。
恐ろしいほど澄んだ瞳だ、と思った。
きっと瞳のように澄んだスパークをしているに違いない、とも思った。
「君はオートボットの希望だ。そんな君が、ぼろぼろの姿をしていては示しがつかない。君はきっと心優しくて脆いけれど、きみは常に、強く正しくあらなくてはならない」
「……ああ」
「だけどやはり、辛い時はあると思う。他の者よりずっと繊細な君が、私たちの指針になることを嫌悪する時がくるかもしれない」
「……、そう、だな」
「もしも、そうなったら。どうしても、前に立つことが嫌になったら。……その時は私を頼ってくれればいい。今度は私が、君の光になろう」
そういって、手を差し出す。恥ずかしそうにそっぽを向くラチェットに、オプティマスははちはちとカメラアイを瞬かせて――そうしてゆっくりと、笑んで言った。
ぼんやりと、薄れゆく意識。何も聞こえない、ただ焦りの表情を浮かべるラチェットの表情だけが、視界にひろがっている。オプティマスは、あの時の台詞を再びつぶやく。
「『――私の希望は、ここにあったのか』」
***
直った、とラチェットは思わず感嘆の声をあげた。同時に、岩陰の向こうから味方の声が聞こえた。どうやら勝ってくれたらしい。ラチェットは立ち上がり、未だにぐったりとしているオプティマスに声をかけてその場を出る。味方に呼びかけ、オプティマスを運ぶための応援を頼むと、再びラチェットはオプティマスの元へと戻ってくる。
施術後すぐは色々なシステムが正常に機能しないことがある。しかし息はしているし、スパークは鼓動を刻んでいる。確かにエネルゴンも彼の中でめぐっている。よくもこんな劣悪環境の中で、ここまで正確な施術が出来たものだ、とラチェットは自分自身をほめたたえた。
ラチェットは、オプティマスがゆっくりと目を開いたのに気付く。そうして小さくに、と笑って、やあオプティマス、と声をかけた。
「気分はどうだ、どこかおかしいところは?」
「ラチェット、か……私は生きているのか」
「残念ながらね。君はもっと生きるようだ」
「そうか。それは、とても……嬉しい」
「……、嬉しい、のか?」
「ああ。生きられることが嬉しい。私もようやくそう思えるようになった」
そう思える理由は君だよ、ラチェット。オプティマスがいうと、ラチェットは大きく目を見開いた。私が?なぜ。
問いかけるラチェットに、オプティマスはこう答えた。
「君が私に勇気をくれた。君は私の、唯一の希望だ」
その答えを聞いて、ラチェットの機熱温度がぐんと急上昇する。ばかか、君は。顔をそむけて悪態をつくラチェットの頭からは湯気が出そうなほどであった。
「ラチェット。これからもずっと私の傍にいてほしい」
「あ――当たり前だろうが!私は君の医者だぞ!」
言われなくても傍にいる、といったラチェットの手をとったオプティマスは、そのまま彼の腕を引っ張って、口づけを、ひとつ落とした。
真っ赤になってわめく軍医と、穏やかな表情の満身創痍な司令官を見て、オートボットが首を傾げて顔を見合わせるまで、あと数分。
2013/4/18にpixivにアップしていたものを再掲.