俺が彼の修理に着手するまで実に一か月も要したのは、何も腰が重かったとか面倒だったとかいうわけじゃない。

あとは俺に任せると言ってアーマーになった時点で、ミラージュの魂は天に還ったものだと思っていた。だからこそ、プライムが彼の亡骸をどこかへ持っていこうとした時に、「せめて何か形見をもらえないか」と聞いてしまったのだ。その時のロボットたちの顔ときたら、写真に収めておかなかったことを今になって後悔している。
「一体何を言っている、ノア」
「え、だから……指の先っちょとかでもいいんだけど」
「ミラージュの指の欠片を君に渡すことは構わないが……形見、などという言い方はふさわしくない」
「なんでだよ? あ、君らの常識では、死んだ人の一部を渡すのは失礼とか?」
「いいやそうではなく、」
「ノア、あなたミラージュが死んだと思っている?」
「そりゃそうだろ、だってこんな……え?」
俺とプライムの不毛なやり取りに終止符を打ってくれたのはアーシーだった。俺が目を白黒させるのを見て、ビーは腹を抱えて笑うようなジェスチャーをしている。
彼らから聞いた話を要約すると、明らかに元の体積よりも小さくなってしまったとはいえ「ミラージュは生きている」し、「パーツを補強すれば元の状態に直すことも可能」だという。最初は俺を慰めるために冗談でも言っているのかと思ったが、彼らの表情は至極真面目である。そんなことあんの?と俺は思わず天を仰いだ。つくづくトランスフォーマーとは不思議な生き物である。
とはいえ一時は確実に死んでいたのに生き返ったビーのことを思えば、確かにちょっと体積が減ったぐらいで死ぬわけないだろう、という理論は分からなくも……ないような?もともと地球の常識や規模で図れる存在でもなし、一旦全てを飲み込んでいる間に口から勝手に零れ出た言葉はこうだった。
「じゃあ、俺が直す」
一番大きなリーダーは俺の言葉に僅かにひるんだ様子を見せたが、そんな彼の言葉を奪いすかさずアーシーとバンブルビーが「よろしくね」「『かっこよくしてあげて』」と言ったので、プライムは大人しくミラージュを俺に託してくれた。出会った頃の彼であれば、まず了承はしなかっただろうが、俺たちの間に生まれた絆がそれを許すに至らせたらしい。
それから、知り合いに使ってないガレージを譲ってもらったり、リークにジャンクを破格の値段で売ってくれるように強請り……もとい、お願いしたりして準備をしていたらとうにひと月が経過していた。嘘だ。後半はほとんど忙しくしているふりだった。誰が咎めるわけでもないのに、俺は仕方なくミラージュの修理に手を出せないようにふるまっていた。
ミラージュを直すっていうのは、要は一から車を作るようなものである。しかも作業者は俺一人。設計書もない、前例なんてもってのほか。電子工学なら多少腕に覚えもあったが、機械工学ともなると朝飯前というわけにもいかない。
それに、直すというなら少しでもまともなものを作ってやりたいとも思った。何もポルシェにできるとは俺だって思っていなかったが、かといってタイヤも回らないような不良品にするのは意地が許さない。矜持と現実の落差が大きくなればなるほど、ガレージから足が遠のいた。おかげで何かをするふりだけ異様にうまくなってしまった。
俺の手にあるものといえば、優秀なロボットのアドバイザーが数人と、足りない部品を揃えてくれる友人と、俺を信じる弟だけ。それでも、持ち物としては十分な方である。
足りないのは俺の勇気だ。
もし失敗したらどうしよう、という不安がないわけがない。修理をして、彼の名を呼んで、それに何の反応もなかったら?それってつまり……俺がミラージュを殺したってことになる。
あの時、目の前でビーという仲間を失ったプライムの気持ちは推して知るべしだ。自分の失態で大切な人を目の前で失う恐怖は、考えるだけで心臓が氷みたいに冷えていく。

そんな俺の弱気を打破してくれたのは、やはり聡明な弟クリスであった。彼はいつまで経ってもガレージへ向かわない俺へ向かってこう言ったのだ。
「どうして早くミラージュを直してあげないの?」
弟は実に真っすぐと見つめてきた。その目には不安や懐疑心は一切なく、ただひたすら俺を信じて言っていた。まるでできると疑わないその態度に、思わず「兄ちゃんにはできないかも、とか思わないのか?」と聞き返してしまった。弟はぽかんと口を開け、心底不思議そうに、
「……地球を救うより難しいことってあるの?」
と言った。
ポンと頭の上に花でも咲いたような心地だった。身体の中のネガティブな感情が、空気が抜けるようにしゅるしゅると萎んでいくのが分かる。
「それもそうだな」
そこでようやく、俺は一歩を踏み出す勇気を得た。
やると決めたらあとはやるしかない。
思えば、ミラージュは一度だって俺たちに泣き言を言わなかった。たった一人でスカージの気を引く囮役を任されて、恐ろしいと思わなかったわけがないのに。だってそうだろう?あのビーとプライムが一度も敗れた相手だ。圧倒的な脅威に立ち向かう勇気は、どれだけあっても足ることはない。
彼を死地へと向かわせたのは、強い使命感と、約束だ。
クリスと交わした約束をミラージュは果たした。
それなら、俺だって彼との約束を果たすべきだ。

*

川の中を進んでいる。
靴もズボンの裾もびしょ濡れで不快だった。もしここに人間が俺しかいなかったら、「肩かなんかに乗せてくれない?」とミラージュに頼むこともできたけれど、唯一の人間仲間のエレーナが文句一つ言わなかったので俺も我慢しなくちゃならなかった。いっそ裸足になったらいいか、と考えて、石で足の裏を怪我でもしたらそれこそ最悪なんてレベルじゃない、と思いとどまる。
歩くのも難しいような道で、とにかく転ばないように必死だったから、ミラージュが何か言った時、最初は聞き逃してしまったんだ。
「……え?」
「もし明日も明後日も世界が続くようだったら、一緒にどこか行かねえか、って」
「どこかって?」
「どこかはどこかだろ」
話が見えてこず、ん?ともう一度首を傾げると、だから、とミラージュは言い含めるようにゆっくり言った。
「クリスがそう言ってたんだって。話聞いてたか?」
「いや、聞いてなかった。クリスがなんだって?」
「ああもう、これだから最近の若ぇモンは!」
お前も若い方だろう、と言い返そうしてやめた。態度や仕草からきっと若い方なのだろうと思うけれど、もしかしたら何百年と生きている可能性だってある。なんせ相手は全く未知の生命体だ。常識を当てこむ方が非常識ってなもんだ。それに、年齢がどうと言い争うのはそれこそ子どもっぽいような気もする。
足元への注意は怠らないままミラージュの話に耳を傾けると、俺が知らない間に交わされていた通信の中でクリスがミラージュに乗ってみたい、と言ったのだそうだ。明日地球が終わるかもしれないってのに暢気な会話だと呆れたが、提案そのものは悪くないと思った。無事地球が滅ばなければ、の話だが。
「クリスはお目が高いな、この俺を選ぶとは」
「弟は他のトランスフォーマーを知らないんだ」
「ノアは行かねえってことでオッケー?」
「冗談だよ。といっても、警察とのカーチェイスは勘弁だけど」
「マジかよ、あれすげえ最高だったのに!」
平穏無事に生きるならば警察に目をつけられないに越したことはない。あれだけ派手な事故を起こした上に顔もバッチリ見られたというのに、未だ指名手配されていないのはもはや奇跡といっていい。母と弟のためにも、今後も引き続き穏便に生きていきたいものである。
それにしても、とちらりと前へ視線を向ける。プライムが何かを言いたげにこちらを見ているのが見えたが、結局彼は何も言わずに前へ向き直った。分かってる。彼もきっと同じことを思っている。
もし、今起こっていることのすべてがうまく片付けば、完成したトランスワープ・キーを使って彼らは故郷へ帰るのだ。クリスとドライブをするどころか、別れを惜しむ時間があるかもわからない。プライムは一刻も早く故郷へと帰りたいはずだ。俺がクリスのために金が欲しいのと同じように。
それに……すべてがうまくいかない可能性だってある。俺だって情報兵とはいえ軍人のはしくれだったから、ハッピーエンドなんていうのがおとぎ話にしか存在しないことも知っている。
「ミラージュは……死んじゃうかもとは思わないのか?」
つい口から零れ落ちた疑問に、視界の端でエレーナがぎょっとしたのが見えた。そこでようやく失言だったと気付いて口を抑える。いろいろなことがあって感覚が麻痺していたが、こんなに軽々しく口にしていい話題ではないことは確かだ。それに彼らは戦士だから、死をことさらに恐れることは一種の恥のように思っていてもおかしくなかった。
俺の杞憂をよそに、当のミラージュは全く変わらない様子でうーんと言いながら両手を頭の後ろに回した。ひとつ、ふたつ、考えるような間があって、それからこちらへ無邪気な笑みを向けてくる。
顔つきには幼さの影が残っていながら、達観したような目をしていた。
「ま、大丈夫だろ」
「どうしてそう言えるんだ」
「死ぬときゃ死ぬし――それに、何かあったらノアが助けてくれるからな!」
な、相棒!と彼は指先で俺の頭を小突く。その勢いで大きく前のめりになり、危うく川に顔面から突っ込むところだった。ごほ、と咳払いを一つして、大きな彼を見上げる。
「俺が、ミラージュを助ける?助けられるじゃなくて?」
「相棒ってのはお互い助け合うもんだろ?」
「そりゃ、そうできたらいいんだろうけど」
今のところは守られるばかりだ。戦士でもなければ何の力もない俺がミラージュを守るというのは無理がある。さっきだってミラージュから渡された装備がなければあっけなく命の灯は消えていたはずだ。
もっと身体が頑丈で、頭がよくて、勇気があったら……俺がそういうやつだったら、素直にうんと言えたんだろう。唯一得意なことといえば機械の修理ぐらいだが、それだって、全身機械で出来ている彼らに勝る技術とも思えない。
まあ、とあいまいに頷いて、「あんたに何かあったら出来る限りのことはするよ」とやんわりと返す。ミラージュは気にした様子もなく、むしろご機嫌に口笛を鳴らした。
「期待してるぜ、相棒。で、どこへ行く?」
「何の話だ?」
「この戦いが終わったら、って話しただろ? ノアとクリスと俺でさ」
「あー……そうだな」
「せっかくだし普段行かないようなところへ行きたいよな。車が通れるとこならどこへでも連れてってやれるぜ」
いろいろな観光地を思い浮かべてはみたものの、どこもしっくりとこなかった。どこでもいい、と言ったらミラージュはがっかりするだろうか。でも本当に、どこでもいい、三人でどこかへ行けたらそれでよかった。
クリスは病気のためによく貧血を起こすから、休みの日でもあまり遠出をすることはない。金がないってのも理由の一つだ。クリスは、外に出るよりもゲームをする方が好きだから、と言っていたけれど、ミラージュにした提案を思えば本当は外へ出掛けるのも好きなのかもしれない。
俺はあるかもしれない近い将来を想像する。
傷一つない美しいシルバーのポルシェに、クリスと並んで乗っている。
運転はしているふりでいい。ハンドルの操作は彼の方がずっと上手だ。俺は気を楽にしてゆっくりと景色を眺めながら、カーステレオから流れる音楽に身を委ねる。車の中でバーガーやポテトを好きなだけ貪り、歌ったり、リズムに乗って身体をゆらゆら揺らす。海を見にいくのもいい。夜になったらドライブイン・シアターに行くのも楽しそうだ。プライムは嫌がるだろうが、いやしかし、もし故郷に帰れる手筈が整ったら彼だって少しぐらい目を瞑ってくれるに違いない。
「考えておくよ」
「最高のデートプランを頼むぜ!」

*

ドルン!という地響きのような音が全身に響き、慌てて飛び起きた。口の端から零れたよだれを拭いながら辺りを見回すと、作りかけの車が余韻でじりじり揺れている。今の音は……エンジン?
運転席を見ても当然誰もいない。エンジンが一人でにかかることはないだろう。
普通であれば。
「ミラージュ?」
声をかけても反応はない。車は本物の車らしく物言わぬままだ。でも微かに揺れている。そっと触れると、終わりかけの振動が指の皮膚を震わせる。
これはミラージュの脈動だ。
心臓がわななく。歓喜に飲まれそうになるのをぐっと堪え、まだうまくいくと決まったわけではない、と自分を諫める。けれど、口許がだらしなくあがっていくのは抑えられそうになかった。
時計を見ると、じきに夜が明ける頃だ。最近は作業も大詰めにかかっていて、睡眠不足が続いていたせいか、いつの間にかストンと眠ってしまったらしい。日付が変わって暫くはちゃんと意識を保っていたと思うけど。寝落ちる前に自分が何をしていたかは脳みそをひっくり返しても思い出せなかったが、けれど、無意識の俺がとにかくうまくやったようだった。
よし、と頬をパチンと叩いて気合を入れなおす。
「最高のデートにしなくちゃな」
車は何も言ったりしない。けれど、不思議と喜んでいるように見えた。単なる俺の願望だろうが、今はそれでいい。言葉にするとそれだけで勇気が湧いてくるものだ。やらなくては、という責任感が俺を前に進ませてくれる。
「早く会いたいよ」
なあ、

「ミラージュ!」

完成した車に向かって声をあげると、鈍く低い音を立てながら車はみるみる高く組みあがり、変形し、あの時よりも少しだけくすんだ色をした俺の相棒は、にやっと笑いながら言った。
「アンタの相棒が帰ってきたぜ、ノア!」

*

「え、行かないのか?」
今度の休日にドライブに行こう、と声をかけると、クリスは肩をすくめて「遠慮しとくよ」と言ったので思わずそんな言葉がもれた。あんなにミラージュとの再開を待ちわびていたっていうのにどうして、と思っていると、クリスは片目を瞑りながら、ふうと重たい溜息をつく。
「コブつきのデートは嫌がられるよ、兄ちゃん」
わざとらしい大人ぶった言い方に思わず吹き出すと、ようやくクリスも可愛い笑顔を返してくれる。詳細を聞くと、今週末は新しくできた友達と遊ぶ約束があるから、ということらしい。
きちんと病院に通い始めた弟は元気になる一方で、病院内で似たような境遇の子と友達になったようだった。若干の寂しさを覚えたものの、兄としては喜んで送り出してあげなくてはならないだろう。複雑な感情が顔に出たのか、クリスは慌てて「来週だったら空いてるから!」と教えてくれた。
クリスが来ないことをミラージュに告げると残念そうだったが、「ま、二人っきりってのも悪くないか」と返される。てっきり予定そのものが延期になるかと思っていたのだけど、彼はどうやら行く気満々らしい。
「今週は好きにしたらいいのに」
「何言ってんだ、好きにするから一緒に出掛けるんだろ?」
ミラージュの復活はプライムたちには既に知らせている。別れの日も近いな、なんて感傷に浸ったのも数分のことで、プライムが「そうか、それはよかった。では引き続き彼の世話を頼む」なんて言ったので、俺はミラージュが正式に”俺の車”になったことを知る。それでも当人に聞かずに話を進めるのは、と思い、ミラージュに「行きたいところに行っていいんだぞ」と言ったら、彼はあっさり俺のガレージを定住の地に決めた。
曰く、
『俺の隅々にまで手を入れといて、まさか手放すわけねえよな?』
だと。要は責任を取れ、ってことらしい。
運転席に座り、形だけハンドルを握る。エンジンが勝手にかかり、じっくりと時間をかけてやっとタイヤが回り出す。初めて彼に乗った時は勝手に動く車が恐ろしくてたまらなかったものだが、今は景色を楽しむ余裕すらある。
「出会ったころを思い出すな」
「ああ!ノアが俺の中に無理やり押し入ってきた時のことか?」
む、と言葉に詰まる。何も間違ってはないけれど、どこか釈然としない気持ちがある。彼らをよく知る今なら分かるのだ。無理やり追い出そうと思ったらいくらでも方法があったはずだ。押し入ったのは俺だが、閉じ込めたのはミラージュだ。
「ポルシェなんかになってるのが悪いんだ」
「おいおい、高級車は他にいくらでもあったろ?俺を選んだのはあんただぜ」
「……それもそうかもな」
正確にいえば、シルバーのポルシェを盗めと指示したのはリークだ。けど、アイツに言われていなくても多分そうしただろう。ミラージュの比類なき美しさは問答無用で俺を惹きつけた。他に目移りなんかする暇なんか一切なかった。
俺が素直に褒めたことで虚を突かれたのか照れたのか、ミラージュは黙りこくった上に徐々にステレオのボリュームを急にあげた。道行く人がぎょっとした顔でこちらを見たということは、音は外にまで無遠慮に響いているということだ。
うるさい、と大声をあげながら音量のつまみをまわすものの、当然空振りするだけだった。ハンドルを乱暴に何度か叩けば、ようやく耳が痛くなくなるぐらいまで音は小さくなっていく。
それでもまだうるさいといえるヒップホップが響く中、ぼそ、と落とされた呟きを、どうしてか俺は聞き逃さなかった。
ミラージュはこう言ったのだ。
『どうして俺を直した?』
その答えは、これしかない。
「ミラージュが言ったんだ」
プライムたちに任せた方がずっと早く、楽に、うまくやれただろうことは誰の目から見ても明らかだった。ミラージュが疑問に思うのも無理はない。俺が余計な手出しをしなければ彼は今頃汚れ一つないボディを堪能していたことだろうし、クリスだってすんなりミラージュに再開できたはずだ。
それでも最後まで意思を貫くと決めたのは、ある種のエゴといってもいい。
「相棒ってのは、互いに助け合うものなんだろ?」
その役目を他の誰かに譲ってやるなんて全く願い下げだ。子どもじみた独占欲と失笑されても構わない。俺以外の誰かがミラージュを直す耐えがたさは、彼の命を奪うかもしれないリスクを優に上回っていた。
「それってつまり――愛ってやつか!」
「愛って……そんな大げさなものじゃない」
「いいんだいいんだ、愛ってのは星ぐらい多種多様なものだろう?だったらこれも、愛でいい」
「……ま、いいか」
さっきの虫の声じみた調子はどこへやら、まるで車のままステップでも踏みそうなミラージュに呆れて溜息も出ない。目の前で機嫌よく左右に傾くハンドルが、まるで犬の尻尾のように見えても見えてくる。
「これからもよろしくな、相棒」
といって、尻尾、もといハンドルに小さくキスを落とすと、ププーーッ!というクラクションと共に声をあげる間もなく急ブレーキがかかり、慣性にしたがって顔面をしたたかに打ちつけた。
そんなことがあったというのに、ミラージュは弁解するでも謝るでもなく無言で一番近い駐車場に入り、今しがた通ってきた方の車線に戻っていった。
「なんだよ、道間違えたのか?」
「今日はもう帰る」
「出たばっかなのに」
「車のままじゃできないことが多すぎる」
さっきまでの楽しむようなドライブとはうってかわって、車は法定速度ギリギリまでスピードをあげ始めた。オンボロ車は地面のでこぼこをそっくり拾ってがたがたと激しく揺れている。
俺は彼が今すぐにでもポルシェやランボルギーニになれるのを知っている。それでも、暫くの間はこれでいい、と言った彼の言葉を思い出すと、尻に響く振動すらも愛しいものだ。

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