庭に美しい花が咲いていた。青と紺の中間のような、深い優しさを湛えた青いろの花で、きっと長谷部に似合うだろうと思った。だから手折って、それを潰さぬようにとそっと部屋まで運んだ。部屋では長谷部が正座を少し崩したような体制でうとうとと舟をこいでいて、くすりと笑い、長谷部、と声をかけた。浅い眠りからハッと目を覚ました長谷部は、僕を見てああ、主、と微笑んだ。そうして僕の持つ花へと視線を滑らせて、止まった。彼から笑顔がすっと消えた。
 主、それはと問うてくる。花だ、君にあげようと思って。言えば、長谷部は一瞬だけ嬉しそうに、しかしすぐに寂しそうに、わらった。そうして、「それは、有難き幸せ。……とても哀しい、幸せです」

 お願いです主、と彼はいう。

「二度と、花を手折ってくれますな。俺のためというならば、咲いている場所に連れていってくださる方がよほど嬉しいです」

 ごめん、と言った。もう二度としない、ごめん、といえば、彼はもちろん、許してくれる。

 もう折ってしまったものは仕方がないので、青いろの美しい花は見事な花瓶に添えられて、僕の文机の横にそっと飾られた。時折、花は風に揺られる。さやさやと揺れる様は本当にきれいで、尊いものだ。

(――これを折ってしまったのだ、僕は)

 花を手折るということは、命を折るということだ。それが何を意味するのか。
 長谷部がどうして、花を折るなと言ったのか。僕にはその真意は分からない。けれど思えば、命を折ることは、刀を折ることに似ている。生きているものを殺すこと。容易く折れる命は、軽くみえて、とても重たい。
 花と刀は、恐ろしいほどよく似ている。

(長谷部の手は、冷たいのだ)

 紙の整理をしている時、茶碗や湯呑を受け取る時、僕の寝癖を直す時、彼の手がふと僕に触れる折がある。殆どの場合はあの白い手袋をはめているので、普段は感じることはない。けれど、時々。例えば、さっき、花を彼に手渡す時。
 ひやり、冷えている。それは寒さゆえにではない。彼等は常にそうなのだ。温もりなどから程遠く出来ている。美しい刀は、神様は、刀であり神であり、決して人ではないのだ。

 神は自然を愛している、それこそ人なんかよりもずっと。そんな自然を人が壊したらどう思うだろう。僕だったら。

(僕だったら、殺してしまうだろうなあ)

 いともたやすく、ぽっきりと、刀を折るより温い、僕の首は。

(彼は優しい神様だなあ)

 涙があふれる程、優しい、神様だ。

 僕の手折った青いろの花は、しばらく花瓶に添えられていたが、しばらくしてそれは枯れてしまった。それを片す時、長谷部は一人、哀しいな、と呟いた。僕はそれを、聞こえないふりをするべきか、ごめんともう一度謝罪すべきか悩んで、その場は黙って寝たふりをして、あとでこっそり、一人で泣いた。

 

 

 


2015/5/5にpixivにアップしていたものを再掲.

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