※ブレノクです。カプ表現あり。
※BH後から全部捏造。ノックアウトがオートボットの捕虜になっています。

 

***

 

 悪の組織というものも、敵(つまり、一般的にいう正義の立場のこと)に動きがない限りは暇を持て余すこともある。やることといえば量産型ビーコンを作ったり、エネルゴンを確保したり、あるいはまあ、未だ目覚めぬメガトロンサマの身体を磨いたり? 私にできることはそのぐらいだった。参謀殿はいつも忙しなく動いているし、No.2殿も……色々やることがあるみたいだが。ご苦労なことですね。
 医者としてここへ召し上げられた私だが、メガトロンがこの状態な以上、そして特に激しい戦闘でもない限りは医者というものは暇なものなのである。医者が暇なのは平和な証とはいうけれど、平和なのはよくない気もする、私たちの立場的に。
 とはいえ考えなしにやたらめったらに攻撃しても痛い目を見るのはこちらである。戦闘員の量では遥かに勝るものの、ビーコンどもの基本的な性能はこの私にすら劣る。私にだぞ?医者で、平和の象徴のような私に。(いやまあ、私は結構戦える方ではあるんですけどね)
 というわけで、今は休戦中であって。だらだらと長い前置きをしたのもつまり私は猛烈に暇だった。
 いや、私たちか。同じく暇を持て余す男が、横に一人。
 私の二倍ぐらいの体積を持っていそうな、青いボディのブレークダウンだ。彼もまた、やることといえば自分のメンテナンスかメガトロンの研磨ぐらいで、そうでない時は暇そうに地球上のデータを見ていることが多い。ああ、あるいは、ビーコンたちと無駄話に花を咲かせることもあるか。
 私と違って人当たりがよく真面目な彼は、ビーコン達からえらく支持されていた。彼らからの私の評判は悪いらしいと、何のてらいもなくブレークダウンが言ってきたのは最近のことだ。分かりきっていたことではあるが、立つ腹は立つので、その時は代わりにブレークダウンの腹のあたりを蹴っ飛ばした記憶がある。傷一つつかなかった。
 ブレークダウンの肩書は「斥候」で、彼の得意なことは「破壊」である。こわすのだーいすき、とは彼の口癖だ。普段は落ち着きもあるし、真面目に仕事をするというのに、こと敵(つまり、一般的にいう正義の立場のこと)を目の前にすると幼子のようにはしゃぎだすから恐ろしい。きっとブレインが限りなく退行している、あるいは機能のほとんどを無意識的に停止しているのだと思う。憶測や痛みは反応を鈍らせるし、肉を切らせて骨を断つ(我々にはどちらもないけどね!)という戦略を地で行く彼は、そういう風に戦うのがいいというのを知ってしまったのだろう。
 とはいえ「斥候」というのは攻め入る敵がない限りは用はない。「破壊」というのも日常生活には不要である。要は彼が暇ということもまた、平和を意味することになる。
 平和なせいで、おそらくブレインが溶けていたのだと思う。平穏はブレインを鈍らせる。
「なあ、合言葉とか作ろうぜ。オレ達だけの」
 ブレークダウンの突飛な思いつきに、私はしばし目を瞬かせ、はあとかへえとか風の抜けるような声を漏らした。
「なんですか、それ」
「この前地球の番組見てたらよ、二人だけの合言葉?サイン?とかで連携を取り合ってるシーンがあって」
「はあ」
「かっこよくねえか!?作戦Aだ!っつったら無言でサッて動くんだぜ!?」
 ただでさえ明るいオプティックをひときわ煌煌とさせ、ブレークダウンは声を裏返して言った。なるほど、作戦。合図、合言葉。きっと彼が見た映像の恐ろしく小さな人間たちは、それはそれはかっこよくスマートにそれを使いこなしたのだろう。
 が、しかし。
「戦闘中、ただでさえ目の前しか見えなくなる君が」
「お、おう?」
「私をふっ飛ばしたり、ぶつかってきたり、物を投げてきたりする君が」
「……ええと」
「あまつさえ、敵を殲滅させた後に興奮さめやらぬせいで私に殴りかかってくることさえある、君が。へえ、そうですか。合図、作戦。なるほどね」
 ふんふん、と厭味ったらしく真摯に頷けば、ブレークダウンは大きな身体を小さくさせてううっと唸る。
「悪かったってぇ」
「いいえ別に、いいんじゃないですか、合図。君が武器を振り上げる、私は逃げる。どうです、シンプルでしょう?」
「ノックアウト……」
「……フン、冗談ですよ」
 少しからかってみただけだ。ク、と笑いをこぼせば、「なんだよ!」と表情豊かな彼のフェイスパーツはくるくる動く。拗ねているようだが、それでも少しほっとしている顔だった。
 彼の無茶な戦略(とも呼べないようなお粗末なもの)を、私はむしろ是としているのだ。ああいや、ぶつかってくるのは正直勘弁してほしいのだけど。
「で、サインですか。何がいいでしょうね」
「合言葉とかでもいいぞ。山っつったら川って返すような」
「それ、どこで使うんですか」
「うーん……ノックアウトが連れ去られて、俺が助けに行った時、お前が偽物かもしれないから、それを確認するためにとか?」
「ああ……なるほど」
 私はか弱く無力な医者なのでその可能性は大いにありうる。そして私が攫われたら、きっと何の疑問も持たず助けに来てくれるであろうコレもやすやすと思い浮かぶ。
 ……この組織において、たぶん一番必要とされていないのが私だ。医者という立場があるとはいえ、今の状態のメガトロンに施せる医療なんて無いし、ビーコンの怪我を直すだけであれば私以外にも錆びるほどいる。性格的にも、役職的にも、私はここにふさわしくない。
 けれどそんなことなんて考えもしないで、敵の(つまり、一般的にいうところの……もういいか)本拠地だろうとどこだろう、どったんばったん物を壊しなぎ倒し取り払って傷だらけになりながらも助けにきてくれるのが、彼だ。この男だ。ブレークダウンだけが、ここで唯一私の命をメガトロンと同じぐらいには尊重してくれる。
「君が攫われても私は助けに行けませんよ」
「最初っから期待してねえよ。自分でどうにかするし、どうにかならなかったらまあ、それまでだ」
 幼子のような思想をして、残酷に敵を壊すのに、こういう考え方をするというアンバランスさが私はひどく恐ろしい。だったらいっそ子供のように、死ぬのはいやだと泣き叫んでくれる方がまだマシだとすら思う。
 けれど私はそれをおくびにも出さず、「頼もしいですね」とうっすら笑う。ブレークダウンに泣き落としは通じない。彼が受け取る感情は、叱咤か激励だけだ。
「おう。頼りにしとけ」
 ガハハ、と豪快に笑う男の機体が揺れる。がちりと触れ合ったところが音を立てた。ああいやだ、私のボディに傷でもついたらどうしてくれようか。
 そんなことを考えてるとは露知らず、ブレークダウンはうんうん唸ってああでもないこうでもないと呟いている。
「ではこうしましょう。君は『好物は?』と聞く。私は『シュガー・パイ』と返す」
「なんか意味あんのか?それ」
「いえ?適当です」
「シュガー・パイってなんだ?」
「さあ。人間が作った甘い料理らしいですが」
「ふーん。まあ、じゃあそれで」
 人間が作ったドラマは見るくせに、恋人同士の呼称に特に興味はなかったようだ。かくいう私も本当にたまたまこれを知っただけなのだけれど。もし実際に使う機会があったとしたら、ヘドが出るほど甘やかな空気になること間違いなしだろう。
「すぐ決まったなー。早く使いてえぜ」
「私にオートボットに攫われろと?」
「そのまま寝返りそうだからいいや」
「よくわかっているじゃないですか」
 クク、と小さく笑えばむっと拗ねる友人。ああ例えば――彼が人間のようであったなら、きっと頬のあたりはぷくりと膨れていたことだろう。残念ながら我々の装甲はそこまで柔軟性に長けていないので、せいぜい眉がくいっと傾くくらいであるが。
「あー……暇だ」
「暇ですねえ。セックスでもしますか」
「そりゃいいな」
 げらげら笑うが、彼は絶対に手を出してくれたりはしない。

 

***

 

 結局彼とはセックスをしないまま彼は天に召されたし、私はオートボットに捕まった末虜囚のような形で存在し続けている。私そのものに価値はないが、私の持つ情報にはいくらか価値があるらしい。なるほど、奴らは私がその情報を素直に吐くと思っている。その通りだ。私は私が生きるためなら何をも差し出してみせる。きっとあの青い友人でさえ、私は犠牲にしてみせる。
 のらりくらりと逃げ延びることだけが私の唯一の取り得であった。これがあったから祖国で起きた戦争でも生き延びられた。生き延びるということはそれだけでステータスで、価値がある。軍医が死んでは何者も救えない。だから医者が持つべきは、戦うスキルではなく逃げるスキルだ。向こうの、というか今はこちらか、の、あの赤と白の軍医は残念ながらその限りではないようだけど。
 この戦争が始まってから幾度も役に立ってきたオールスパークからの授かりものも、もうそろそろ色褪せてきた頃合いだろう。ここにいるのも飽きてきたことだし、もう一度ぐらい向こうに戻って悪役を全うするのも悪くない。しかし、問題なのは向こうがそれを受け入れてくれるかだった。たぶん、もう無理だ。かといって私はオートボットの側にはなれない。私はどちらにもつけない。まさしくコウモリ男だ。にしては少々美しすぎるきらいはあるか。
 どっちの側にもいられなくなったら、いよいよ私はどうなるのだろう。ああ、私の有能さを認めつつ、私の仕事の穴を埋めて、時には一緒にサボってくれるような友人が突然湧いて現れないものだろうか。できれば青い色をしているといい。オプティックはらんらんと輝く太陽のようであるといい。壊すのが大好きであるといい。もっと言うならば、私のことを深く愛しているといい。
 ブレークを思うと、憂鬱な色が溶けた排気が胸からせりあがる。ふ、と吐き出せば、多少は楽になるものの、胸の辺りを這いまわる不快感は無くならない。胸のパーツを開いてみたら、おぞましい形をした何かが溢れて世界を飲みこむに違いないのだ。そうなる前に、私はどうにかしなくてはならない。
 もういい加減、いいのではないだろうかと最近は思う。もう十分青色に溜息はついた。ブレークはもう私を思うことはないのに、私ばかりが思っているのは不公平だ。私だって、彼に思ってもらいたかった。
 私たちは自殺をしない生き物だ。だからこれは自殺ではない。私は悲嘆の末に自ら命を捨てるのではない。それだけは勘違いしないでもらいたい。
 ただ、もう。
 もう、いい、と思った。
 彼がいない。
 ブレークダウンがここにいない。
 ならば私がここにいる意味なんて、欠片も存在しなかった。

 

 そういえば、彼と決めた合言葉。結局一度も使わなかった。

 

「君の好きな食べ物は、いったい何だったんでしょうね」
「――シュガー・パイだ」

 

 ぐい、と後ろから腕を引かれた。がちん、がちん、と金属同士が触れ合う音が耳の奥で響いてる。後ろから抱き込まれたようで、視界はたくましい腕でほとんどが埋まった。
 これは。空気をがくがく揺さぶるこの声は。
「シュガー・パイ、シュガー・パイだろ。なあ、合ってるよな、ずっとブレインの中でお前の声を繰り返してたから間違いねえだろう」
「……」
「俺が好きなのはシュガー・パイだ」
 らんらんとしたオレンジ色が私を見つめ返している。
「……そうです」
「そうだろ!?流石に一回死んでるし、機体も変わっちまったからちっと不安だったんだけどな」
「そうです、あなたは既に死んでいるはずでは。これは一体、どういう」
「本当はすぐにでもノックアウトを探しに行きたかったんだけどよぉ、なんかこう……色々あって!」
 来るのが遅れた、と青い大きな彼は豪快に笑う。色々あって。なんかよくわからねえけど。ブレークダウンは壊れたようにそれを繰り返す。誤魔化してるんじゃなくて、本当によくわかってないままここにいるのだろうなと伝わってくる。彼の語彙のなさは今に始まったことではない。
 はあ、と排気をこぼすと、なんだ何かあったのか、と目線が問うてくる。ここ最近では一番綺麗な排気でしたがね、と本音と嫌味を混ぜて言えば、不思議そうにそうなのか?と聞き返されてしまった。彼に嫌味など通じないのだ。
「あなたが死んでから、大変だったんですよ……私のせいなこともありましたけど」
「何か言ったか?」
「ずっとあなたを思ってた、と言ったんです」
「そうなのか?そりゃあ、偶然だな、俺もだ」
 屈託なく笑う彼は、なんてことはないみたいにそう言った。
「折角合言葉を作ったんだから、一回ぐらいは使わないと勿体ないと思って。忘れないように必死だった」
「そんなことだろうと思いました。体験してみて気分はいかがです?」
「まあまあだ」
 いうにことかいてまあまあとは!と一瞬憤りそうになったのを、先回りしてブレークが肩を抑えて、まあまあと宥める。
「それより、向こうで知ったことがあったんだ。俺はとにかく、それをお前に言いたくて仕方なくって」
「はいはい、なんですか?」
「なあ、俺のシュガー・パイ」
 は、と排気が詰まるようだった。喉の奥に特大エネルゴンでも無理やり放り込まれたみたいに、ぐっとこみあげてくる何かがある。
「お前があの時、何を思ってこれを合言葉にしたのかをずっと考えてた」
「……で、答えは?」
「流石にわかるだろ」
 ブレークはけろけろ楽しそうに笑う。
「ここを出ようぜ、ノックアウト。ディセプティコンに戻ってもいいし、二人だけで宇宙を旅してもいい」
 旅に出る。想像をする。拾い宇宙を二人で駆ける。何が起こるかわからない。どんな不運に巻き込まれるか想像もつかない。なるほどとても――楽しそうだ。
「セックスはしないんですか?」
「あー?あー、そうだな、うーん、まあ、それじゃあ」

 

 お前はシュガー・パイなわけだし。

 

「食後にでも出してくれよ」

 

 

 


2017年ぐらいに友人と出した合同本のweb再録になります。

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