私の死に方について考える。

 諸事情によって悪と呼ばれる組織にいる以上、そして敵対する組織がある以上、戦いというものは不可避であるし、それゆえ死というものも避けられない。事実私の友人であり助手でもあった彼はあっけなくそのスパークを終わらせてしまった。誰にやられたとかはどうでもよかった。殺した奴を恨む気持ちもなかった。ただ彼の最期があまりに凄惨で、悲劇のようであったから、私はああはなりたくない、と思ったのだ。私は出来れば美しく死にたい。この身体を傷つけることなく死にたい。後に残す者がいるかは分からないけれど、例えば私が最後に死ぬのでないのだとしたら、残った者に最期に見せるのは私そのものの姿であってほしいのだ。

 ブレークダウンの死骸はひどいものだ。原型を辛うじてとどめる程度にばらばらにされたのちに、人間たちに雑に修復されて、彼は二度目の生を迎えた。(とはいえそれは彼ではなく虫けらが中にいたんだけども)彼は一度、あの小さな虫けら共に片目をえぐり取られている。そのときはもうこれ以上ひどいことはないだろうと思ったものだが。もはやそんなのが気にならないくらいに彼の身体はぼろぼろで、傷口から垣間見えるコードや、彼のもう二度と光をともさないオプティックを眺めていると、やはり彼はただの鉄屑になってしまったのだな、と実感する。そして思う。ようやく彼は鉄屑になれたのだ。
 彼の瞳は、そのスパークを失ってから明度を下げた。ぼんやりと暗い黄色の瞳は、生きていた頃はまるで太陽のようだったというのに。今は、まるで。

(……くすんだ色)

 色は依然として黄色のままなのに、どこか錆びついたようなイメージがある。ざらざらとしていて、触れると傷がつきそうな。

「……傷か」

 傷ね。試しに彼のオプティックに触れてみるが、表面はやはりいつものようにつるつるとしていて、当然傷がつきそうもない。
 死んでしまった彼から傷つけられるならば、傷をつけてもらえるならば、私はそれを直さずにいたいものだ、と思う。

 私にとって最悪のパターンは、私がディセプティコンとやらのくだらない悪の組織のために命を張って闘った末にぼろぼろのずたずたの醜い姿で、しかも誰にも看取られずに生を終えるということだ。ブレークダウンのように最後まで人間に利用されるのもよくはない。一人きりで死んでいくのが一番悲しくて、つらい。
 ブレークダウンのことを考える。彼の最期はどうだっただろう。少なからず好意を抱いていた相手に殺されたのだから、多少なりとも苦痛はなかっただろうか。それとも、愛する女に殺されてしまって逆に辛かっただろうか。どちらだろう。彼の性格を鑑みるに、喜びはしなさそうだ、と思う。
 愛する人に殺される。私は想像してみる。そうしてひどく愉悦とした気分になる。最後をブレークダウンに看取られることが出来たらどれだけ幸せだっただろうか。彼に殺されるのかな?それとも、私が彼を守るのか。いずれにしても、最後の瞬間、私がその生涯を閉じるその瞬間のブレークダウンを想像すると笑みがこぼれる。きっとひどく困惑していることだろう。なぜ私が死ぬのか理解が出来なくて、必死につなぎとめようとするのだろう。それでも死にゆく私に、憤りすら感じるのだろう。もしそうだとしたら、私は笑顔で彼に言う。「君といる人生、中々悪くはなかったよ」

 まあそんなのも、もう叶わなくなってしまったわけだけど。死ぬ順番を違えた、などと思うほど馬鹿ではない。愛する人より先に死にたいと思うほどうつけでもない。敵がいる以上、私がなぜだか世間的に見て悪と称される組織にいる以上は死ぬのはしかたがないことだ。現に、もう何人もの味方の骸を私は目にした。惑星サイバトロンでの戦争の時なんかは、死体を見ない日などはなかった。だからブレークダウンの死は予想されるべきことだったのだ。そうして私の死でさえも。

 

***

 

「綺麗な機体だな。いつもアンタを見る度に思う」
「それはどうも。君はいっつも、傷だらけだ」

 医者として割合真面目に働いていた頃、毎日のように大小さまざまな傷を作っては私の元へと駆けつける青年がいた。名前はブレークダウン。偵察兵という名に恥じぬ、小柄ですばしこそうな青年だった。けれど彼は偵察などとコソコソするのが大の嫌いで、それよりは敵をブン殴ってブッ壊してブチ殺す方がずっと楽しいんだよなと呟いていた。任務を命じるのは私たちのいる組織、ディセプティコンのボスメガトロンで、メガトロンは人を見る目は確かだしその人の能力を最大限に引き出すことが出来るカリスマを持つ。素晴らしいと思う。いいカラダしてるし。
 だからきっとブレークダウンが偵察に選ばれたということはその才能はあるのだろう。口を開けば乱暴で粗雑な言葉しか出てこない上に驚くほど態度の大きな彼が敵軍の偵察、と考えるだけで少し笑えてくるのだけれど、でもやる時はやるというのは本人の言で、事実何度も敵の本拠地へと乗り込んでひと暴れしては無事に(多少の傷は負いつつも)戻ってこれるのだからやはり才覚のある人ではあるらしい。

 ブレークダウンは小さくて、それでも頼りがいがあって、あの場にいた誰よりも生きる活気に満ちていたような気がする。私が思うに、彼は死からもっとも遠い場所にいた。
 ブレークダウンに死という言葉は似合わない。豪快な彼の性格は死すらもそれゆえに遠ざけてしまえるような、死がおのずから彼を避けるような、そんな人だった。だから私は安心して彼と付き合っていられたのだと思う。彼は嘘をつかない、人を騙しもしない、自分の力とメガトロンだけを信じて生きている。だから好きだった。
 他の奴らは、あれはダメだ。心が死んでいるから。死ぬか生きるかの瀬戸際を、そのぎりぎりの境目を心底楽しんでいる連中だ。メガトロンへの忠誠心が高いのか低いのかは知らないけれど、なんとしてでも生きるという気概は感じられない。生きるか、死ぬか。そう、あいつらは死ぬ覚悟をしているのだ。

 ブレークダウンに死の覚悟はない。死という存在を知らない可能性すらある。それぐらい彼は自分に自信があって、死ぬことを恐れない。恐れない、ではないか、わからないんだ。自分がどれだけ傷ついたら、そのスパークは動きを止めてしまうのか、ブレインで理解していないのだ。それは例えば、機体のエネルゴンが何割失われたら死ぬ、とか、スパークがどれだけ破損したら死ぬ、とかそういう問題ではない。彼は知らない。私たちがいずれ死ぬ生き物であるということを、盲目的なまでに知らない。

「小さな傷だって、そこからウイルスが入り込めばひどくなることだってあるんです」
「だったらアンタが直してくれよ」
「直す前に死んだらどうするんですか」
「死なねえよ」

 ほら、と私は笑ってしまう。やっぱり彼は分かってない。誰だって死ぬんだ、わたしだって例外ではない。

「君は早死にしそうだね」
「死なないっつうの。ノックアウトが生きてる限り」
「私が死んだら死ぬんですか?」
「どうだろうな。あんたが死んでも、俺はきっと飄々と生きるかもしれない」
「じゃあ、私のことは君が看取ってくれるんだ」
「おう。ついでに祈ってやる」
「何に?」
「オールスパークに……プライマスか?」

 そりゃあいい、と私が笑うと、彼もつられてけらけら笑った。

 

***

 

 結局彼は私を置いて逝ってしまったのだけれど。一足先にオールスパークの元へ還った彼は、わたしとの約束を反故にしたことをどう考えているだろうか。いやまあ、考えることすら出来ないのは分かってるんだけど、考えずにはいられない。彼は無になった、無に、もう何も、ない。
 彼は考えない。私を見ない、思わない、隣に存在することもない、一緒に仕事も出来ない、ああ、私の仕事を押し付けることすら出来ない。それが死というものだ。存在の消滅。代わりなんていない、ぽっかりと、目に見えない穴が開いたようだという比喩は、一つも間違っていない。比喩ですらないようだった。胸が痛い、ひどく孤独を感じてしまう。死――。

「……」

 喉の奥からあふれそうになる言葉を必死に飲み込んだ。こんなもの今更言っても仕方がない。彼はもう死んだのだ。ならば私が考えるべきは、私の死についてであるべきだ。

 私の死について考える。一番望まれる死は無事生き延びて寿命をまっとうすることだけれど、どうやら難しいような気もしてきた。ならば殉職か?メガトロンは命をささげるに値する相手だろうか。延々そんなことを考える。

「死、死。難しいですね」

 ブレークダウンがこの場にいたら、きっと一緒に頭を悩ませてくれはしそうなんだけども。

 私たちは自殺をしない。自ら命を絶つことがどれだけ愚かな行為か知っているからだ。私たちは、自身を気高い生命体だと認知している。ゆえに、身体どころか心までもか弱い人間のように、ホイホイ死んだりしないのだ。
 けれど私は思う。自殺は弱い者の定めだろうか。弱いゆえに死ぬのだろうか、それは真理だ、事実ブレークダウンは弱さゆえに死んだ。では生きることは強さであろうか、それも真理だ、メガトロンはその圧倒的な強さによって今生を享受している。
 逆に考える。私は強い存在か?きっと誰もが否、と言うだろう。あのブレークダウンさえも、そうして私自身でさえも。私は弱い。こと戦闘においてはもちろんのこと、スパークさえも弱い部類に入るだろう。弱いために強い者の衣を借りて、飄々とどっちつかずにふらふら生きる。私は生きているのではない、ただただ、生き延びているだけだ。
 ブレークダウンは強かった。彼は確かに生きていた。死の存在を知らずに生きていた。あの時の私は生きていただろうか?どうだろう。昔に戻って聞いてみたい気もする。

「ブレークダウン」

 君が好きだった。途轍もなく。死を恐れない君が何より羨ましくてしょうがなかった。君のようになれたらいいと心から切に願ってしまう。けれど私は私で、彼は彼だから、どうしようもないこの空間が、いやに寂しい。

「私はどうすればいいでしょうねえ」

 彼が死んでから、止まらないんだ、涙が。私たちは涙を流さない。だからこれは正確には涙ではないのかもしれない。鬱々として、寂しくて、悲しみで死んでしまいそうだ。涙は溢れはしないけれど、私は確かに今泣いている。
 お腹のちょうど真ん中に、ぽかんと一つ穴が開いているみたい。私は医者のはずだけど、これを直す術を知らない。

 

***

 

 死体に問いかける、私。

「私が死んだら祈ってくれるはずだったのにな、ブレークダウン」
「……」
「仕方がないから、代わりに私が祈ろう。オールスパークへ無事に還れますように」
「……」
「来世、君が安寧に暮らせるよう、そうして静かに幸せに生きられますよう」
「……」
「語らない君は不気味ですね」
「……」
「死人が語っても不気味か」
「……」
「……私を看取るのは一体誰になるんだろう」

 誰でもいい、と思う。最悪、看取られることすらないかもしれない。その他大勢と同じように、雑多に殺されて死ぬかもしれない。それならそれでいい、と私は思うのだ。

 私が唯一願うのは。

「オールスパークで、一番初めに会うのは、できれば君がいいよ」

 終わり方をいくつも考えたけれど、どれもしっくりくるものはなくて。だからええと、つまり、終わりの次、本当の終わり、そしてすべての始まりで。

「君にもう一度会えればいい」

 それだけで私は、きっと幸せに死ねるのだ。

 

 

 


2013/9/3にpixivにアップしていたものを再掲.

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