「何が怖くて泣いているんだ?」

 ブレークダウンがそう問いかけると、静かに涙を流すノックアウトは、いえ別に、とつぶやいた。怖いわけじゃない、とつづけ、更にブレークダウンの胸を細い指でこつこつとたたいて、「でも強いて言えば君のせいです」と涙声で返した。

「俺のせい?」
「君があんまり、私に優しいから、時々驚いて目から水が流れる」
「はあ?優しいって、俺がかあ?」

 どこがだよ、とブレークダウンは自嘲気味に笑う。そうして足元にあったオートボットの死体を蹴飛ばす。ここは戦場であった。

「俺のどこが優しいんだよ」

 オートボットの、もう息のない若い兵士を尚壊しながら彼は言う。ノックアウトはその行為が、わざと“自分は怖い”ということを誇示しようとしてしている行為に見えて、そうして段々目の前にいる自分よりもずっと大きな男が、まるで小さな子供のように思えてきてしまう。ノックアウトは小さく笑った。

「引きこもりのような私を外に連れ出してくれた時点で、けっこうあなたはお人よしですよね」
「ああ?そりゃお前、……まあ、うん、そうだな」

 尻すぼみする言葉に、ノックアウトは首を傾げる。オートボットを楽しげに殴っていた彼は、それをぴたりと止め、ノックアウトに歩み寄る。青いエネルゴンにまみれた彼の指がそっとノックアウトに頬に触れた。濡れた感触、それから、ひどいオイルの匂い。ノックアウトが思わず顔を顰めると、ブレークダウンは悪い、と謝った。謝るが、頬に触れた指はそのまま彼の輪郭をなぞった。

「なんでしょうか」
「あんたは、怖くないのか?」
「何がです?」
「俺が」
「どうして」

 ノックアウトはおかしそうに笑う。ブレークダウンと怖いという単語がどうしても頭の中で繋がらなかった。ノックアウトにとってブレークダウンは、頼りになる友人、ただそれだけだ。

「あんたは綺麗だ。初めて見た時からずっと思ってた」
「それは、どうも」
「守りたい、と思った。だから、強くならなきゃ、って思ったんだ」

 ブレークダウンはとつとつと語る。要は一目ぼれか、とノックアウトはどこか他人事のように思った。今までにも何度かこういうことはあった。ノックアウトの見た目は他のサイバトロニアンよりも美しく見られがちだった。傷がないのもその理由の一つであろう。そうして一度も話したことのないディセプティコンに告白されたり、一晩限りの身体の関係を求められたりした。ノックアウトは、時に断り、時に応じた。
 しかし、守りたい、とまで言われたのは初めてで、ノックアウトは少しだけ嬉しく思う。そして、また涙が溢れそうになっていることに気付く。なぜだろうか、と彼は疑問に思う。ブレークダウンといると、彼の涙腺は緩みっぱなしだ。

「強くなったら、味方から、怖がられることがたまにあったんだ。お前は死が怖くないのか、って聞かれて、怖い、って答えたら、ならなぜそんな無茶が出来る、って言われた。無茶をしているつもりはなかったから、何の事だか分からない、っていったら、俺はお前が怖い、って言われた。怖いって言葉が、俺は一番怖かった」

 ブレークダウンはノックアウトの細い指を握った。こんなにも大きくて太くて、たくましい指だというのに、ノックアウトが少しでも離れてしまえばそれは脆くも崩れてしまいそうなイメージがあった。ノックアウトも、ブレークダウンの手を握った。金属の触れ合う、かちりという音が彼の耳に届いた。

「さっき、あんたが泣いてるのを見た時、俺が怖くなったのかと思った」

 俺から離れていってしまうかと思った。そういいながら、ブレークダウンはノックアウトの腕を引き寄せて抱きしめた。かちかちと響く音と、その光景が、あまりに現状とマッチしていない、とノックアウトは思う。依然として今は戦争中だし、まわりにはオートボットの死体であふれかえっている。むせ返るようなエネルゴンの匂いの中、彼が感じるのはブレークダウンの冷たさだけだ。

 ノックアウトの目からはとうとうほたりと涙が零れた。優しい彼が好きだと思った。怖くなどない、それよりずっと怖いものを私は知っている。

「怖かった、」
「え?」
「本当はずっと怖かった。何よりも恐れるべきものがそれだった」
「な、にが、何が怖かったんだ?」

 ブレークダウンの黄色い色をしたオプティックに、恐怖の色がにじんだ。彼はきっとノックアウトは自分が怖いと言うだろうと思って、それに恐怖した。しかしノックアウトは、打ち消すように首を振って、そうしてブレークダウンの瞳を見つめた。

「孤独が怖かった。一人が怖かった。大嫌いです、あんなもの。およそ普通の神経回路をしていたら耐えられるものではない」
「ノックアウト……」
「あなたがいてくれてよかった。あなたは怖くなどない。私にとってはただの友人です」

 私はあなたを失うのが何より怖い。赤い瞳を光らせながら、ノックアウトは静かに言った。それはブレークダウンに聞かせるというよりは、自分自身に気付かせるような言い方であった。そうだ私は、私はブレークダウンを失うのが怖い。

 それゆえ私は涙を流す。彼を失う想像で世界を狂わせることが出来る。全ての感情をオートでコントロール出来たらいいのに、と思う。そうしたら彼を失うことへの恐怖心など全て押し殺してしまえるはずなのに。

「俺がどれだけ殺しても、ノックアウトは俺を隣に置いてくれるのか」
「当たり前じゃないですか。殺す殺さないなんて些末な問題に過ぎないんです。私にとって重要なのは、君が君らしく生きていること、ただそれだけに尽きるんです」
「じゃあ、頼むから。俺はどこへも行かないから、……いい加減泣き止んでくれねぇか」

 はたりほたりと落ちる涙を、ブレークダウンは無骨な手で拭った。中々泣き止まないので、そのうちブレークダウンはノックアウトごと抱きしめた。

「泣き止め、泣き止め」
「怖いことなんて何もないんです」
「ああ、分かったから。傍にいるから」
「大変です、ブレークダウン」

 驚いたような声で、依然涙を流すノックアウトからブレークダウンは身体を離す。泣いてはいるが、ノックアウト自身も自分が何故泣いてるのか分からない、といった表情を浮かべていた。

「涙がとまらない」
「回路が壊れたか?俺はリペアできねぇぞ」
「……そうか、忘れていた」

 長らく涙なんて流さないから、しかもこんな理由で。ぽつりとつぶやくノックアウトを、不思議そうに覗き込むと、彼はにぃ、と小さく笑った。

「私、嬉しくても泣けるんでした」

 ぽかん、としばし口をあけたままブレークダウンが佇んでいると、今度はノックアウトから、ブレークダウンに、飛びついた。

 

 

 


2013/8/24にpixivにアップしていたものを再掲.

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