ごくごく一般的で共通的な事実としてウォーブレークダウンのイメージは実に好感的だ。
真面目だしユーモアがあって面白くて、しかし少し天然の混じる彼は部下に威張り散らしたり無理やり何かをやらせることはない。たぶん下手すると永遠のNo.2である彼よりもビーコン達からは好かれているのではないだろうか。やれと言われれば文句ひとつ言わずにやり、私やスタースクリームのように簡単に裏切ることはない。メガトロン様のために今日も頑張るぞ、と意気込む彼はなるほど確かに好かれやすい性格なのだろう。
まあでもそれは決して指導者としての器があるだとかカリスマ性がすごいだとかそういう話にはならず、彼は恐らく人を引っ張るのには向いていないように思われる。引っ張られる、というか、ついていくタイプだろう。だから私のいう事にも文句ひとつ言わない。私がいくらサボっても彼は代わりに仕事をこなすし、私のせいで失敗をしても私を責めない。黙ってついてくる。黙って。
そんなところがブレークの美点であり欠点でもあった。たまには本音をぶちまけて殴り合いの喧嘩の一つでもしたいものだった。(たぶん私が負けるだろうけど。傷つくだろうけど。そして彼はそんな私を見て申し訳なさそうな顔をするのだろうああだからいやなんだあいつは、あいつは純粋すぎる)
野心を持ちながら上辺だけ従うスタースクリームよりもメガトロンだけをひたすらバカみたいに信じているサウンドウェーブよりも忠誠を誓ったドレッドウィングよりも誰よりも、ブレークダウンは純粋だ。清らかだ。ディセプティコンに純粋もくそもあるかと思うが実際彼には裏表だとか野心だとかそういう、誰もが心に持っていていいはずのどろどろとした感情を一つとして持ち合わせていなかった。きっとあのオートボットでさえ、妬み嫉み恨み辛みに感情をかき乱されそれによって衝動的に行動することはあるだろう。
だがブレークは、ひどく理性的だ。稀に目の前のことが見えなくなることはあるがそれは感情ではなく性質で、彼は一つのことに集中するとまわりが見えなくなるタイプなのだ。それゆえ敵を目の前にすると視界がひどく狭まってそれ以外は見えなくなって、結果として私に衝突したり私に投げ飛ばしたりして失敗する。
彼が広い視野で物事を見ることが出来るようになったら、恐らくサウンドウェーブよりも頼もしい兵器になるに違いない。
純粋なのがいいとは思わない。悪いとも、思わない。ディセプティコンに所属しているからには多少の腹の探り合いとかかけひきとかがうまくないとやっていけないと思うが、そういうのは私の仕事だ。彼はただ、目の前の出来事や物やオートボットを壊してさえいればそれでいい。
私なしでは生きられなくなればいい。時々思う。
ごくごく一般的で共通的な事実として私はどうも変人、あるいは頭のおかしい狂人とみられる節がある。
自分ではそんなことはないと思うのだけれどやはり普段の言動とかを鑑みると多少他とは違った目線で見られることが多い。
でもそれがなんだと私は思うのだ。他と違うのただの個性だ。でも私はそんな個性のせいでだいぶ遠巻きに見られることが、多い。屈託なく話しかけてくれるのはウォーブレークダウンと、あとはスタースクリームくらいか。サウンドウェーブさえ、私には直接用のある時くらいしか話しかけてこない。
奇人変人、上等じゃないか。それぐらいじゃないとディセプティコンでは生きて行けない。まっとうな正義感を振りかざすとか、誰それを守るために命をかけるとか、そういう寒気のする三流ドラマみたいなことはオートボットにやらせておけばいい。
私はただ誰かを何かを騙して食い散らかして生きていく。その場その場で取り繕って、そのとき一番強い者の下につくことを選択する。これの何が間違いだろうか。自分を信じれば自分が正義なのだ。
***
話は急に変わるけれど純粋すぎるブレークダウンを愛しているかと問われればイエスと答えるだろう。腹の探り合いをしてきた私にとって彼という存在は貴重で、重要で、あまりに大切なものだった。大事にしたい、けれど大事にする方法が分からない。
よく分からないから壊してしまおうかとも思った。何せ解体は得意だからね。でも彼を目の前に、彼の笑顔を目の前にするとそれも無理な話である。彼の笑顔は多分邪悪なものをこう、霧散させる力があると私は考える。
けれどそんな悠長なことをしていては彼は誰かを愛するかあるいは誰かに殺されるだろう。オートボットのバケツ頭か、メガトロンか。あるいはスタースクリームに無茶を押し付けられて死ぬかもしれない。
でも彼を殺す可能性が一番高いのはおそらく、わたし。
飼い殺す、という言葉がある。中々にいい言葉だ。気に入っている。彼を飼い殺しているのは私だ。彼はきっともっと優れている。私なんかのところではなく、例えばスタースクリームやドレッドウィングの元で働けばきっと今以上にいい働きをしてみせるだろう。彼を殺しているのは私。でも大丈夫。
私も彼に殺されている。
ごくごく一般的で共通的な事実として、ブレークダウンは純粋で天然で抜けてて馬鹿であるということがあげられるが、それは子供の特徴とまるで同じである。子供ということはつまり、純粋な残酷さを持っているということだ。しかしブレークダウンは子供ではない、立派な成人である。小さな歪みがだんだんと大きな齟齬を生み今の彼を作り出しているといってもいいだろう。
つまりどういうことかというと。
ブレークダウンの破壊衝動は稀に味方に向けられる。壊すの大好き、が謳い文句の彼はその実現場で壊しているものは結構少なかったりする。それは彼の力不足だったり、任務の性質上だったりするのだけれど、壊せなかった時彼が矛先を向けるのはネメシス内の量産型だった。
ブレークダウンよりもはるかに脆弱なビーコン達は機嫌が悪い時のブレークダウンには決して近寄らない。壊されるからだ。跡形もなく。
一度だけ、徹底的に壊している姿を遠くから眺めたことがあるが、あれは見事なものだった。彼は破壊兵士には向いていない。たぶんどちらかというと、拷問、に向いている。
足を壊して動けなくしたのち、声を上げないように発生回路をぶちぶちと切った。もちろん痛覚はそのままなので暴れ狂うが、それさえ気にせず、むしろ暴れて自分が傷つくことを喜んでいるかのように彼は笑いながらビーコンを壊す。指先から段々と壊していく。ビーコン達にはっきりとした表情はないが、誰が見ても怯えていた。指をもいで腕をそいで腹の辺りをえぐりだす。解体の得意な私よりも繊細に彼らのパーツと心を破壊した。
辺りに流れ出たエネルゴンのにおいが充満してビーコンたちが欠片も動かなくなると終了だ。全て壊し終わると、すっきりした顔をして私の部屋へと訪れて、私を犯しに来る。
何かを壊したあとが一番興奮するんだよなあ。彼は屈託ない笑顔で笑って言った。
彼は私の心を殺す。私の彼への想いを一蹴するかのように彼は私を獣のように犯すのだ。私もいい歳だしセックスに必ずしも愛を求めているわけではないから、大好きな彼とはヤれるだけで結構幸せだったりするけれど、彼がまるで性欲処理のように私をヤり捨てていく度、彼のビーコン達と同じように、私の心も破壊されているのだろう。
あと何度私は彼の破壊に耐えられるだろうか。完全に私の心が死んでしまうまであと何回。分かりやすいメーターがあればいいのにと毎回のように思う。あと三回だったらそれなりに覚悟は出来る。あと一回だったら、いっそ私から向かおうかとも思う。あと百回だったら、その前に私は自ら命を絶とうか。千回、一万回も私の心が耐えられるのであれば、私はまだまだ飄々と生きるだろう。
彼の黄色い瞳が好き。大きな機体が好き。トランスフォームした装甲車も好き。彼のアームズアップしたハンマーも好き。彼のフォルムも、声も、性格も、私を呼ぶ時の表情も、彼のいっそ無垢なまでの破壊も、全てすべて愛している。
彼はどうなのだろう。
***
「え?ノックアウトを愛してるかって?もちろんだぜ、当たり前だろ?」
休憩中、偶然を装ってブレークダウンに尋ねてみると、彼はあっけらかんとこう答えた。そういうのじゃ、ないんですよねえ。ため息を吐く。もっとこう、私が君を愛してるみたいに、骨の髄までしゃぶりたくなるぐらい愛してるかってこと。俺ら骨ねーじゃん。あそうか。
「いやそういうことじゃ、……ああもういいです」
「分かってるって。でもたぶん、俺ノックアウトと同じくらいノックアウトのこと愛してると思うんだけどなー」
本当に、何の気なしにそんなことを言うから思わず照れてしまう。やめてくださいよ恥ずかしい。言えば、助手はけらけら笑った。なんで恥ずかしがるんだよ。つまりこれって、相思相愛ってことだろ?
「若干愛の比率が私の方が多めですけどね」
「そんなことねえって。俺のがお前のこと好きだ、絶対」
「いや私の方が好きですね。間違いなく」
「だってよお、お前俺のこと壊したいか?」
「は?いいえ嫌ですけど」
「だろ?おれは壊したいもん、ノックアウトのこと」
は?さっきのトーンの同じくらい明るく言うから、思わず冗談なのかと思ってしまった。ぞくり。寒気がする。笑うブレークダウンの表情は、しかし本気だと語っていた。
「でも我慢してんだぜ。だからビーコンを先に壊しておくんだ。だってそうしないと、ノックアウトを犯してる最中に思わず背中についてるタイヤ引きちぎりたくなるんだよ」
「おお怖。やめてくださいよそんなこと」
「だから我慢してるって」
「……なるほどね。あなたの愛もまた、私と同じくらい厄介だ、と」
完全に理解したわけではないが、言いたいことはなんとなくわかった。お互い厄介な性格をしている、ということだ。そして残念ながらそれを矯正してくれる者はここにはいない。誰もかれもが遠巻きに見るのが私たちだ。まああえて言うなら――。
「おいメディックノックアウト!また休憩してんのかお前は!」
「やあスタースクリーミィ。一緒にお茶でもいかがですか?」
「スタースクリーム様、だッ!……じゃねーんだよブレークダウンお前またビーコンぶっ壊しただろッ!いくら量産型だからって味方を殺すんじゃありません!」
「スクリーミィ母ちゃんみたいだな」
「うるせえ誰のせいでこんなになったと思ってやがる!怒られるのは結局俺様だ、たまには二人で謝れよ!」
「ヤです」
「イヤだ」
うがーっ。唸る航空参謀を、二人で眺める。うるさいですねえ、うるせえな、どっか行きませんかね、壊すか、いえそれはいけない、彼は一応曲がりなりにも仮そめですがメガトロンの直属の部下ですから。そこ、聞こえてんぞ。
「とにかく、メディックノックアウトはもっと働け!」
「ハーイ」
「あとウォーブレークダウンはビーコンを壊すのをやめろ!」
「ヘーイ」
「……てめぇらマジで覚えてろよ」
本当に母親のようだ。私が思うと、同じことを考えたのかブレークダウンも静かに頷いた。ぷりぷり怒りながらさっていくスタースクリームの背中を二人で見て、そののち目を見合わせた。
今のところ、どうしようもない我々二人を矯正してくれるのは、あの口うるさい男しかいないらしい。そんな事実に気付いて、2人同時に、はあ、と排気した。
***
ブレークダウンと愛し合う。彼の破壊衝動はビーコン一体壊すどころじゃ収まらなかったらしく、犯している最中にも私の腕を掴んでぎりぎりと握りつぶそうとする。痛いですよ、やめてください。至極冷静に言うと、上気した彼の顔は、にやりと私を見つめた。たまらねえな。熱のこもった排気は私を絶頂に苛むのだ。たまらないのはこちらの台詞だ。
ごくごく一般的で共通的な事実としてブレークダウンはちょっとだけ怖い。
本当に時々、かの破壊大帝よりもずっと恐ろしいことがある。でも私はそんな彼が好きだった。量産型には悪いけど、彼と営むためにはまだまだ犠牲となってもらわなくては困るのだ。
ぎぎぎ、ブレークの指が私の装甲を傷つけた。ああもう私の美しいからだが!とわめくと、一瞬嫌そうな顔をしたブレークはあとで磨いてやるからと言う。それならいいけど。お返しとばかりにブレークダウンの頬を鋭い爪で引っ掻く。いてえ。彼は笑う。
ノックアウトは狂人だ。頭のイカれた闇医者だ、なんてまことしやかにささやかれる。それは全くの嘘ともいえないが、だとしたらブレークダウンだってけっこうな異常者だ。それを知るのは一部のビーコンと私とスタースクリームだけ。それでいい。ちょうどいいと思わないか。ディセプティコンの医者とその助手がそろってくるっているだなんて。三流ドラマにはなかなか見かけない設定だろう。
突き上げるブレークダウンのものを受け入れて、にやにや笑う。不思議そうな顔でブレークダウンがこちらを見るので、彼の顔を掴んで、思い切り唇を食んでやる。ふは、離すとブレークダウンの頬に熱が集まった。こういうところは子供なんだから、やっぱりたまらないよ。
「明日ドライブにでも行きますか」
「し、ご、と、し、ろ」
「きみもいい加減、破壊以外のストレス解消法を見つけた方がいい」
「それがドライブか?」
「折角車にトランスフォーム出来るんだから、一緒に走ってみたいじゃないですか。きっと楽しい」
まあそもそも、キミと一緒ならなんでも楽しいんだけど。それは言わずに、黙り込んだブレークダウンの唇にもう一度キスをする。
「ね、いいでしょ?帰ってきたらいくらでも仕事しますから」
「……仕事の後にドライブという考えはないのか?」
「スタースクリームみたいなこと言わないでくださいよ」
私がそういうと、諦めたようにはあと排気した。わかったよ。そうつぶやく彼に、グッボーイ、と頭を撫でれば、オレは犬じゃねえ、と私の肩口にかみついた。
2013/3/31にpixivにアップしていたものを再掲.