目と目が合わないのが、嫌いだ。

 こっちを見ないのが嫌いだ。どんなに俺が頑張っても褒めてくれないのが嫌いだ。何度俺が裏切ろうと、そんなのまるでなかったことにするみたいな態度が嫌いだ。あいつの大好きな宿敵を見る時に笑うのが嫌いだ。宿敵の名前を呼ぶ時、少しだけうわずる声が嫌いだ。好きだと叫ぶ目が嫌いだ。俺がどんなに叫んでも、そのオプティックには俺は絶対に映らない。聡明なあいつのブレインほぼ全てを宿敵が占めているところが嫌いだ。

 俺に話しかけるあいつは嫌いだ。俺に全てを任せるあいつが嫌いだ。裏切っても裏切っても、必ず許す心が嫌いだ。俺によくやったと言う時の顔なんか特に嫌いだ。大嫌いで大嫌いで、死ねばいいといつも思う。

 メガトロンなんか、大嫌いだ。

***

 例えようのない不快感。あえて例えるならロボットモードのまままっさかさまに宙を落ちている時のような、ぐるぐるとした不愉快な気分。スパークとブレイン両方がずきずきと痛くて、目の前をばちばちするエラーと、それを知らせる警告音が、俺の今の状態が危険だと知らせている。けれども原因が分からない。探ろうと思っても、ある程度原因までは近づけても、ある時ふっと消えてしまう。雲をつかむような現状が、もうここ最近ずっと続いている。だから、現れるエラーをいちいち消すことぐらいしか、今の俺には出来やしない。
 加えて部屋がいやに暑かった。空調が壊れてるんだろうが、直しに行くのも面倒くさい。先ほどビーコンに直しに行かせたが、戻ってきたそいつは「どこも異常はありませんでした」なんてのたまいやがった。壊れてない、わけがない。だってこんなに暑いんだから。

 ぐあり、と俺を飲み込む、言いようのない嫌悪。黒々としたそれは俺の視界を真っ暗に染め上げる。
 極まれに、こんな風にひどい自己嫌悪に襲われることがあった。自己嫌悪、とは違うのか。他己嫌悪。俺以外の奴らが嫌で嫌でたまらなくて、誰かと話すのも億劫である。そんな自分にさえも嫌悪するから、やはり自己嫌悪であっているのかもしれない。
 極まれに、とはいっても、過去何度か経験したことのある症状である。いつもはどうしていたっけ、と記憶を探るけど、肝心なところが曖昧になって思い出せない。体調不良の原因が探れない時に、少し似ている。重要な記憶に誰かがカギをかけたかのような。こんなこと前にもあったよな、とは思い出せるが、それ以外が露のように消えている。

 視界がザザッ、と揺れた。エラーエラーエラー。うぜえ。
 ふと、目の前に誰かが立っているのが見える。そうしてそれが、比喩でもなんでもなく俺の視界を黒くしていたことにも。

「……、あ?」
「……」

 目の前にいたのはサウンドウェーブであった。奴は俺を見て、それからまわりを見た。まわりにいたビーコンたちは、なぜだか一人もいなかった。ただ、空調だけがばかになったようにごうごうと風を吹き出していた。にも関わらず――やはり、暑い。吹き出す風に一度触れれば、多少は和らぐこの暑さ。けれども、どうしたって体の奥が痺れるようにじくじくと熱を持っていた。

「んだよ、何か用か」
「……『寒い』」
「アァ?」
「『この部屋』『寒い』」
「おかしいんじゃねえのかお前。どっか壊れてんなら、メディックノックアウトに直してもらえ――」

 言うや否や、サウンドウェーブは俺の顔につ、と触れる。つつ、と滑る指先は、俺の頬の辺りでとまった。ひやりと冷たいサウンドウェーブの指先が、俺に触れると少しだけ温かくなることに気付く。

「……冷てぇな、お前」
「『お前が』『熱い』」
「は?」

 熱い?俺が?
 そこでようやく、今の俺の機体温度がやたら上昇していることに気付く。つまりこれは――オーバーヒートか!
 そういえば、と思い出す。ここ最近は寝ずに仕事をしていたっけか。というよりは、仕事をしていないといろいろ考えてしまって、結局どうでもいい仕事までも奪い取るようにして俺だけで終わらせていたのだった。最後にスリープモードに移行したのがいつだったのか、それすら思い出せない。
 よくよく考えると、エネルゴンの摂取もろくに行っていなかった。オーバーヒートするはずである。
 自分の機体の不調が、ただの過稼働のせいであるとわかり、脱力する。

「なんだ働きすぎかよ……」
「……」
「おっけーおっけー。休めばいいんだろ?お前だって人のこといえないくらい働いてんだから、俺みたいになる前にちゃァんと休めよ」
「……『お前』」
「あ?」
「『いい加減』『気付けよ』」
「はあ?何言ってるんだお前」

 そう問い返すも、サウンドウェーブは再び沈黙してしまう。結局その後奴は何も語らなかった。

 

***

 

 部屋へ戻る。部屋の中は耳が痛くなるほどきいんと静まり返っている。

 一人になると、色々な感情がブレインとスパークのあいだを行き来する。ぐるぐる、ぐちゃぐちゃ、。

 ――昔は。

 昔は、ただ純粋に憧れていた。いっそ無垢で、馬鹿なまでに惚れこんでいた。好きだった。異性に向けるような甘い感情の好きではなく、ただ、ひたすら、目指すべきものとして目指していた。憧憬、羨望、尊敬。こんなにもプラスな感情を、かつてあの人に持っていたこと自体に驚きを禁じ得ない。今とはまるで真逆である。

 いつから、だっけ。どうして嫌いに、なったんだっけ?

 ぷつん、と音がした。何かが切れる音だ。何が切れたのか、自分では皆目見当がつかない。けれど、嫌な予感はした。これが切れてしまうと、非常にまずいことになると直感が叫んでいた。

 確か、そう、確か。出会った頃は憧れていて、だんだん、だんだん、気付いていった。どんな奴でもあの人の目には移らない。あの人が見ているのはただ一人だけだということに。でもそれに気付いた時はまだ、大丈夫だった。これからがんばったら、努力を、したら、きっと見てくれる日が来るだろうと考えていた。

 ぷつぷつぷつ、と連続で切れていく。思い出してはいけない、けれど、記憶の巡回は止まらない。知りたくないのに、知ってしまう。

 努力をした。認められるために。けれど、も、いつまで経ってもあの人は俺を見てくれなくて。

 悲痛な願いを、訴えたことがある。こんなことはもう耐えられないんです、と俺はあの人に伝えた。あの人は、ただ目をすがめるだけだった。

『メガトロン様、どうか、俺のこともご覧になってください』
『……スタースクリーム。それはどういうことだ?』
『あんなやつを、オプティマス・プライムばかり追うのではなく、我々の王として、あなたは君臨すべきだ』
『あんなやつ?貴様、スタースクリーム。オプティマスプライムをあんなやつとな?我の永遠にして絶対の宿敵であるのだぞ?』
『ヒッ、す、すみませんメガトロン様、しかし』
『我の興味をそそるのはオプティマスだけだ』
『……メ、』

『そのほかなど、皆一様にどうでもよい』

 最初から、興味の対象になんてなれやしなかった。
 どんなに努力をしたって、見てくれるはずがなかったんだ。

 ぶち、ん。

 思い出した。そうだ俺はあの日から、裏切りを心に抱え込むようになった。メガトロンへの想いを自分のずっとずっと奥深くにしまいこんでため込んで現れないようにして、代わりに別の感情を抱くことにしたんだ。例えば嫌悪とか、復讐心を。
 けれど俺の中のメガトロン様への感情は消えたわけではなく俺の中にずっとため込まれていただけで、だから、つまり。

 俺のオーバーヒートの原因は、感情の暴走である。

 頭がくらくらする。なんとかしなくては、と思うのだけれど、機体がまるでいうことをきかない。そうこうしているうちに、強制スリープモードへと移行しかかっていることに気付く。今眠っては、いけない。思いつつ、動かない。自分の意識では、もう何もすることができない。

 ぢりぢり、と乱れる視界の中、最期に見たのは、銀色の。

 

***

 

 スタースクリームから自分へ向けられた感情だけをデリートしていく作業。メガトロンにとって、それはもはや手慣れたことであった。スタースクリームは覚えていないが、割と頻繁に起こるこの現象の原因は、メガトロンとサウンドウェーブのみが知り得ることであった。
 スタースクリームが裏切りを大々的に掲げる理由を、メガトロンは知っている。最初はただの反抗心であったはずだ。しかしそれは、次第に歪んだ、自分へ向けられた愛へと変わっていく。

 初めてスタースクリームが倒れた時、そばにいたのはメガトロンとサウンドウェーブであった。
 何の前触れもなく、スタースクリームはぐらりとその機体を揺らがせ、がつん、と地面へとしたたかに倒れこんでいった。気付いた二人は、そこで初めて気付く。スタースクリームの機体がものすごい熱を持っていることを。そうして彼のデータを覗いてみると、信じられないほど莫大なデータが、彼の奥底に沈んでいたこと二人は知る。
 サウンドウェーブが彼の感情のデータを解析すると、驚くことにそこにあったのはたった一つの想いだけであった。つまり、メガトロンへの、好意。ただそれだけが、色々な形をなしてスタースクリームの中に存在していた。それは言葉であったあり、文字で会ったり、あるいは映像であったり。けれどそのすべてが、メガトロンへ向けられた愛であったのだ。

『あなたが好きです』
『あなたを愛しております』
『俺だけを見てください俺だけを想ってください俺だけを愛してください』
『あなたを愛さないオプティマスなんか忘れてください』
『サウンドウェーブもショックウェーブもノックアウトもブレークダウンもいらないから』
『俺だけを傍において俺だけを視界に映してください』
『お願いします愛してください、俺はこんなにもあなたを愛しているんです』

 スタースクリームの感情の中には、こんな内容の悲痛な叫びが、途方も暮れるほどの量集約されていた。サウンドウェーブは驚いたが、メガトロンの方がもっと驚いたことだろう。自分を虫のように嫌っていると思っていた相手が、実は真逆の感情を持っていただなんて。

 サウンドウェーブはメガトロンに尋ねた。どうなさいますか。メガトロンは言った。全て削除しろ。サウンドウェーブは、ただそれに従った。

 サウンドウェーブがスタースクリームの感情データをいじっったのはそのときだけだ。その後は全てメガトロン自らの手で削除している。その事実を、サウンドウェーブはどう受け取ったらいいものかいつも悩む。彼は愛されている、と、思っていいのだろうか。だとすれば、教えてやりたいと思う。大事な同僚に。そうして早く、目を覚まさせてやりたい。感情を抱えることなく、全て表に出しても構わないと言ってやりたいと、彼は思う。

***

 メガトロンは小さく一つ、排気した。膨大な量のデータの削除には、あまりに時間がかかる。それまで何をしていようか、メガトロンはふと考える。

 削除しながら、その一つ一つをぼんやりを眺める。自分へ向けられた好意が消えていくというのはあまり気分がよくはないが、消さないと次から次へとあふれるのだから仕方がない、とメガトロンは思う。
 好きだ好きだと、データの中のスタースクリームは叫ぶ。けれど本人は、そんな感情とは真逆のことを口走る。可愛げのないやつ、とは思うが、そうさせたのが自分だと思うと文句も言えなくなってしまう。

 厄介だ、とメガトロンは思わず頭を抱えた。何が厄介って、安らかな顔をして眠っている部下へともたげる新たな感情が、厄介だということだ。少しずつ、花が咲くようなスピードで、しかし確実にメガトロンはスタースクリームを愛しく想い始めていた。可愛くてかわいくてたまらない、と思ってしまうことがある。

 けれど。メガトロンは思う。オプティマスと、スタースクリーム。どちらをとるかと問われれば、確実にオプティマスをとるだろう、と彼は思う。どんなにスタースクリームを愛しても、オプティマスへの、言い表せない感情よりもスタースクリームへの愛が上回ったとしても、最後に選ぶのは仇敵だ。メガトロンは確信していた。
 だから、言わない。想いはスパークに仕舞っておく。いつかスタースクリームのように、ため込んだ感情が溢れてくるようになったら、一度だけ、スタースクリームの目と目をあわせて、思い切り褒めてやろうと、彼はスパークに誓ったのだった。

 

 

 


2013/4/29にpixivにアップしていたものを再掲.

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